医療安全関係

久留米大学病院情報部  和田 豊郁
First issue: 2011/10/27
Last update: 2011/10/28

医療事故調査委員会(事故調)の話は,医療事故がいろいろと問題になったことがその根っ子にあることは間違いないのですが,なかなか核心を突いていながらも読みやすく解説してあるものがなく,こういうマンガみたいなのが良かったり...?

☆医療問題を注視しる!
  はじめに
  日本型医療システム崩壊
  医師不足
  大野病院事件
  大野病院訴訟、無罪!
  加古川事件とJBM
  医療報道
  奈良大淀病院事件
  医療マンガ
  モンスター・ペイシェント
  医師不足について
  診療報酬

医療職を40年務めるとして,その40年間には1回ぐらいは患者の取り違えをするかもしれない,とします.
ひとりの看護師について考えると1年間に患者取り違えをする確率は1/40 となります.
久留米大学病院には1000人の看護師がいます.
すると,1000×1/40=25
つまり,ひとりが一生涯に1回しか起こさないようなことであっても,1000人の職場だと2週間に1回は事故が発生してしまう確率になります.
こうなると,もはや,『事故はあってはならないこと』ではなく,起こるものである,という前提で考えないと,何にも対策をしていないことと同じになります.

民事訴訟は信頼関係の破綻が根っ子にあるものですが,人間的な信頼関係があったとしても,その説明に納得がいかなかった場合,今の日本の制度での唯一の方法が民事訴訟です.
民事訴訟は,原因究明を目的としておらず,あくまでも,損害賠償請求にしかなりません.
そして,多くの場合,弁護士にお願いすることになるのですが,弁護士はボランティアでやっているわけでも何でもなく,手数料で生活しているプロフェッショナルです.

給料をもらうために研修医をやる,という感覚の人は稀だと思いますが,弁護士は,訴訟に負けたとしても,手付け金はもらえますので,たとえ最初から勝ち目がないと思っても,仕事のない弁護士が増えれば訴訟は増える可能性があります.
救急車の後をつけて弁護士が病院の待合にいる家族に近づく,という話は絵空事ではありません.

医療者も患者さんも,病気の克服という同じ目標に向かって健康問題に取り組んでいて,好ましくない結果になったときには,納得のいく説明と,もしミスがあった可能性があるのならば,再発防止策を講じることが共通の目的になるのではないかと思います.

これに対して,患者側弁護士の立場は,医療機関と患者は対立関係にある,というという前提です.
つまり,医療機関の説明に納得いかないので,慰謝料を支払え,という仕事になります.

元々,他の民事裁判に比し,医療裁判は勝訴率が低かったのですが,最近では更に低下し,平成22年には20.6%となっています.
弁護士は,裁判に勝訴し,損害賠償金の中から成功報酬をもらえないと,手付け金だけしか手元に残りません.
ですから,弁護士は,勝訴しそうな案件,すなわち,医療の過失の程度が事前に分かるような仕組みがあったら便利,ということになります.

かつては,医者は 隠す,ごまかす,逃げる,と言われていましたが,医療記録が電子化されると,記録の改竄はシステム上不可能です.
しかも,いつ記録したのかが,残ります.
記録されていないことは裁判では事実として認められない,ということはすでに広く知れ渡っていますから,記録はすべて速やかに行われるものと裁判所は考えることになります.
しかし,実際には少ない人数で急変に対応していたら,処置に追われ,記録は後回しになるのは普通に起こりうることなのですが,裁判になると記録に遅れがあった場合,隠蔽工作が図られたのではないか,とすら疑われるようなことにもなりかねないような,そんな時代になってしまいました.

そういうご時世ですから,あえて隠蔽したり改竄したりするようなことは墓穴を広げるだけ,と認識されています.
医療記録の電子化は,ひとりひとりの職員に,そのような意識付けをする作用があり,ますます,医療の透明性は担保されることになります.

無過失補償制度にも難しい問題があります.それが『双子のリバイアサン:医療事故調と産科医療補償制度』の後半で論じられている問題点です.

このレベルで論じようとしているのが弁護士,そういったレベルはクリアしている状態で更に医療安全に努めようとしているのが,現在の普通の病院のレベルです.
ですから,前述のような低い勝訴率になっているのです.
医療事故安全調査委員会の制度設計に『患者側弁護士』が関わり,その影響が非常に強い,となると,どういうことになるのか?これが,今回のレポートのテーマでもあります.

原因を調査し再発防止策を考える機関と,処罰をする機関を一緒くたにしようとしているのが,自民党が与党のときの政府案でした.

日本の法律は,ヴェニスの商人の話と同じです.1ポンドの胸の肉を切り取る権利はあるが,大量出血させ(て死亡させ)ることは認められない.
悪意はなかったが,結果として不幸な事態になった,というような場合でも,医療だけ免責にするわけにはいかない,せいぜい情状酌量で対応すれば?と考える弁護士が多くて,法律論の議論はそこで止まってしまっています.

裁判は,責任がどこにあるのかを明らかにするのがその仕事であるので,医療ミスの再発防止は,ミスを起こした人を取り除くことに帰結します.

刑事訴訟でなくても,民事訴訟でもこれは同じです.そして,民事訴訟では,納得できない代わりに賠償金を支払え,それでがまんしてやる,という図式になります.

患者さんの求める再発防止には裁判は何にも答えることはできず,判決如何では,リスクのある症例は受け入れられない,という萎縮医療を引き起こします
実際に,産科や外科が萎縮医療に陥ってしまいました.

患者さんの求めるものは,信頼できる確かな医療だと思います.これは,納得のいく説明と同意が繰り返し行われていくこと,と言い換えられるのではないかと思います.
そこで,講義で示したように,たとえ合併症が起こったとしても,万全の準備と対策をとっていることがしっかり理解できるような説明になるような仕組みが必要なのだと思います.
説明に時間がかかってしょうがないことになりますので,一般的なことに関しては,説明ビデオを作れないか,と考えています.

重大な事象が起こったときにも,納得のいく説明が速やかに行われておれば訴訟へと向かわずに済むものも多いのではないかと思います.

医療事故調査に第三者機関を入れたとしても,すぐに結果が患者さん側に説明されるわけではなく,たったそれだけの説明のために何ヶ月も待たされたのか,という気持ちが熟成されてしまうだけになるかもしれません.
それでは,患者さんの救済にはならず,弁護士の思うツボ,ということになり,患者さんにとっても医療者にとっても最悪の事態に陥るだけということになります.

いきなり第三者機関ではなく(今までと同様)院内の事故調査委員会が調査と説明を行うこと,医療メディエーターが患者さん側に付いて調査の結果を納得のいくまで説明を求める,という仕組みではじめるのが良いのではないか,と考えています.

医療メディエーター関連記事等
 思いに応える姿勢生む 和田仁孝・早稲田大教授
 広がる医療メディエーター 協会専務理事 和田仁孝・早大教授に聞く
 日本医療メディエーター協会

上の,和田仁孝先生の言われる『医療メディエーター』と,法廷外で示談に持ち込むADRを行う弁護士も『メディエーター』と同じ名称を使っており,混乱しますので,ここのところ,良くご理解ください.

医療メディエーターは病院のためには一銭も稼ぎませんが,患者さんの納得を得(ひいては病院の信用を回復す)ることが仕事です.

弁護士メディエーターは患者さんの納得が得られない気持ちを示談金として病院から引き出すことが仕事です.

聖マリア病院には医療メディエーターがいます.

実は,私も医療メディエーションの研修を受け,修了証をもらっています.

医療職の多くが医療メディエーションの研修を受けると,患者さんの信頼をより得られる態度で接するようになるのではないか,と思います.
『患者に寄り添う』立場で,考えを持っていただきたいというのが,今回の課題の目的です.
看護師の立場であれば余計に,弁護士ADRの意味のメディエーションではなく,患者に寄り添う医療メディエーションを普及させることが患者さんが求める病院の機能ではないか,と思っています.