腎臓病の基本的な考え方
 腎臓病は,消化器疾患や循環器疾患,呼吸器疾患と違って具体的な症状に乏しくなかなか理解しづらいものです.診断名も臨床的診断名と病理組織学的診断名を覚えなくてはいけないため,たいへん面倒に思えます.
 「腎臓病」を考えていくことはなかなか難しいものです.細かいことを言うときりがないのですが、ここでは,腎臓内科が担当する病気を「概念として」大きく次の5つの疾患群に分類してみて考えてみましょう。

I. 検尿異常
II. 水電解質・酸塩基平衡異常
III. 腎炎・腎症群
IV. ネフローゼ症候群(Nephrotic syndrome, NS)
V. 腎不全

これらの5つの疾患群の各々のカテゴリーをテリトリーとして図にすると、「検尿異常」や「水電解質・酸塩基平衡異常」のテリトリーの重なった中に、「腎炎・腎症群」、「ネフローゼ症候群」「腎不全」の疾患群が、「色の3原色」のように入っているというのものになります(図1)。この図を用いて腎臓病を考えていきたいと思います。最初に述べたように、これは「概念」ですから、テリトリーに含まれる病態を「それが存在する可能性があるが,この患者ではどうなのか?」というふうに大まかに考えて下さい。

図 1


例えば、慢性糸球体腎炎の代表であるIgA腎症の患者Aさんを考えます(図2)。Aさんは、会社検診で血尿、蛋白尿という「検尿異常」を指摘されて(A1)、腎臓内科を紹介受診され、腎生検の結果、IgA腎症と診断されたとします。そうすると、Aさんは「腎炎・腎症群」のテリトリーに入ります(A2)。ところがAさんは慢性腎不全に発展して経過中に徐々に血清クレアチニンが上昇しました。そうするとAさんは、図の「腎炎・腎症群」と「腎不全」が重なったところに移ります(A3)。この時、Aさんは、腎不全に伴って,代謝性アシドーシス、高カリウム血症、高リン血症などを伴っているかもしれません。また、塩分摂取が多いため浮腫もあるかもしれません。そういう意味では、常に水・電解質異常を伴っている可能性があるわけですから、「水電解
質・酸塩基平衡異常」のテリトリーにも入っているわけです。


  

図 2

次に、ネフローゼ症候群の患者Bさんを考えてみましょう(図3)。突然の浮腫で発症し体重が10kgも増えて、腎臓内科を受診したBさんですが、腎生検の結果、微小変化群ネフローゼ症候群と診断されました。さて、現在、Bさんはどのテリトリーに入るかというと、もちろん「ネフローゼ症候群」です(B1)。しかし、これには、必ず蛋白尿という「検尿異常」と、浮腫(=ナトリウム代謝異常)という「水電解質・酸塩基平衡異常」が併存しています.さらにBさんの低アルブミン血症が高度となり、血管内脱水から腎前性の急性腎不全に移行したとします。そうすると、「ネフローゼ症候群」と「腎不全」のテリトリーの重なったところへ移行します(B2)。


         

図 3

さて、糖尿病性腎症のCさんはどうでしょうか?(図4)糖尿病歴10年のCさんは、検尿で蛋白尿が±となって、微量アルブミンを測定したら、微量アルブミン尿と診断されました。初期の糖尿病性腎症のこの時期は「腎炎・腎症群」に含まれていると考えられます(C1)が、さらにCさんの蛋白尿が高度となり浮腫も目立って、ネフローゼ症候群になったとすると、「ネフローゼ症候群」と重なるところに含まれます(C2)。そして、さらに腎不全へ進展すれば、「腎炎・腎症群」、「ネフローゼ症候群」「腎不全」の3つのテリトリーの重複するところにCさんは入ってきます(C3)。典型的な糖尿病性腎症はこのような経過をとります.



 図 4


癌の骨転移で高カルシウム血症になったDさんを次に考えましょう?(図5).高カルシウム血症は「水電解質・酸塩基平衡異常」に含まれます(D1).Dさんは高カルシウム血症が高度のために脱水になって急性腎不全になったとします(D2).この場合はどんな検尿異常がある,あるいは無いでしょうか.蛋白尿・血尿は普通ありません.しかし高カルシウム血症では,尿細管機能が障害され,濃縮力障害が現われます(その結果脱水になるわけです).その時の「検尿異常」とは濃縮力障害から等張尿になっていることで尿比重は1.010付近を示します.



図 5



以上のように、この図を使うと患者さんが腎臓病のどの位置にあるのか、ということが理解でき,どういうストーリーで現在の位置にいるかがわかると思います。さらに,この図の使い方で大事な点は、あるひとつのカテゴリーの中にあるとすれば、そのカテゴリーを含む他のカテゴリーの障害も伴ってないか、ということを常に考えてほしいということです。例えば,「腎不全」では血清クレアチニンやBUNの上昇といったデータの他に、上記のような「水電解質・酸塩基平衡異常」の存在も考えてほしいわけであり,蛋白尿や血尿,尿濃縮力障害(等張尿)などの「検尿異常」の存在を考える必要が生じるわけです。後者を考えていくことは,腎不全の原疾患を考える上で重要です.

 このシリーズでは,腎臓病を理解するためのコーナーをすこしずつ増やしていく予定です.