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血管内科班 (甲斐 久史)
我々は、心不全、心肥大、動脈硬化、肺高血圧症などの循環器病の病態を"心血管における炎症"という観点から、解明し、それに基づく根本的治療を開発することを目標としている。分子生物学と遺伝子工学的手法を用いた基礎研究から最新の画像診断技術を取り入れた臨床研究まで幅広く行っている。平成20年度の各サブプロジェクトの進捗状況は以下のとおりである。
1)動脈硬化・血管リモデリングの根本治療の開発プロジェクト
我々は動脈硬化症の発症進展のkey moleculeであるインターフェロンγの機能を可溶型インターフェロンγ受容体蛋白を用いてブロックする新しい動脈硬化症治療法を開発した(Kusaba et al. Hypertension 2007;Koga et al. Hypertens Res 2007;Koga et al. Circulation Research 2007)。この成果を臨床応用すべくリコンビナント可溶型インターフェロンγ受容体タンパク質を用いたコーティングステント開発に取り組んでいる。今年度は、効率の良いリコンビナント蛋白精製系を確立した。
2)心リモデリングにおける炎症機転の意義とその制御についての研究
これまで、われわれが開発した収縮能が保たれた高血圧性拡張障害心のモデル(ラット腹部大動脈縮窄による圧負荷心肥大)を用いて、急激な血圧上昇が心筋内血管周囲にMCP-1を介するマクロファージを主体とする炎症・酸化ストレスが引き起こされ、これが血管周囲から心筋間質に拡大する反応性心筋線維化、その結果として拡張障害の原因となること、この血管周囲炎症・酸化ストレスの発症メカニズムに、心臓局所のアンジオテンシン系活性化が関与することを明らかにしてきた。一連の研究に基づき「高血圧による心筋線維化と拡張障害は炎症による疾患」であるという新しい概念を提唱した(Kai et al. Hypertens Res 2006; Kai et al. Curr Hypertens Rev 2006)。高血圧心の拡張不全は閉経後女性に多くみられるが、森は両側卵巣摘出ラット圧負荷モデルを用いて、閉経によるエストロゲン欠乏が圧負荷による炎症と酸化ストレスを助長することがそのメカニズムに関与することを明らかとした(英文論文投稿中)。
血圧変動の激しい高血圧患者さんの臓器障害が大きく心血管イベント発症率が高いことが知られている。われわれは、平均血圧は変わらないが血圧変動が大きくなるsino-aortic denervation術をSHRに施行し血圧変動高血圧ラットモデルを新たに確立し、圧変動にともない急激な血圧上昇が繰り返されると反復的・慢性的に炎症が引き起こされることを明らかとした。工藤は血圧変動による炎症惹起に心筋内アンジオテンシン系活性化が中心的役割を果たしていることを明らかにした(Kudo et al. Hypertension 2009)。現在、高山・安岡が血圧変動が炎症を介して高血圧性臓器障害を助長する詳細な分子機序の研究を進めている。
3)肺高血圧症に対する先進的治療の開発プロジェクト
プロスタサイクリン持続静注療法は、若年性女性に多くみられる予後不良の疾患である原発性肺高血圧症とくに重症例に対する現在、唯一QOL改善・予後改善が確立している治療法である。我々は次世代の原発性肺高血圧症治療法として、骨髄由来幹細胞にプロスタサイクリン合成酵素を遺伝子導入した後、経静脈的に細胞移植し、肺特異的にプロスタサイクリン合成をたかめる遺伝子治療と細胞療法のハイブリッド療法を開発した(Takemiya et al. Basic Res Cardiol, in press)。
4)腎-血管連関の機序解明プロジェクト
慢性腎臓病(CKD)において通常の動脈硬化症とは異なった血管病変が進展する。しかしその機序はいまだに明らかでない。われわれはCKD早期に生じる血管の機能的障害の原因を明らかにすることから腎-血管連関の病態生理の解明を試みている。梶本はマウス5/6腎摘出モデルを作成しその早期から内皮障害が生じており、腎障害により分解が抑制させ過剰に循環血中に放出されたasymmtetric dimethlargineが血管内皮一酸化窒素合成酵素活性を阻害することを明らかにしAnnual Meeting of American Heart Association Council for High Blood Pressure Research 2008、日本循環器学会2009にて発表した(論文作成中)。
5)炎症抑制によるガン血管新生制御プロジェクト われわれは、ラット下肢虚血モデルを用いて、MCP-1を介する炎症が虚血血管新生の初期に重要な役割をはたしており、ドミナントネガティブ作用を持つMCP-1 7ND mutantの過剰発現により虚血血管新生が抑制されることを報告している(Niiyama et al. J Am Coll Cardiol 2004)。近年、腫瘍関連マクロファージ(MAC)が腫瘍血管新生に重要であることが示唆されている。そこで、古賀はMCP-1 7ND mutant過剰発現によりmelanomaによるMAC動員が阻害され、その結果、腫瘍血管新生さらには腫瘍増大が抑制されることを明かとし、これまで明らかでなかったMACと腫瘍血管新生の直接の因果関係を確立した(Koga et al. Biochem Biophys Res Comm 2008)。
6)LMD法を用いた心血管リモデリング新しい解析法の開発
Laser microdissection(LMD)法はレーザー光を用いてプレパラート上の個々の細胞・細胞集団を個別に回収する新しい手法である。池田はこの手技を用いて心筋内の心筋細胞、血管、血管周囲浸潤細胞を個別に回収し、その遺伝子発現プロファイルを網羅的に解析する方法を確立した(日本高血圧学会2007)。現在、この手法を用いて高血圧心リモデリングにおける心筋-血管-浸潤細胞クロストークの観点から解析している。
7)高血圧性肥大心線維化治療に関する臨床的研究 アンジオテンシンU受容体拮抗薬(ARB)による高血圧肥大心における線維化と 拡張障害の改善作用について、久留米大学病院と4つの関連病院の前向き多施設共同臨床研究を行った。その結果、ARB一年間投与により心筋線維化と拡張障害が改善されることを見いだした(Mizuta et al. Hypertens Res 2008)。
以上は、平成20年度に論文または学会で発表することが出来たプロジェクトを紹介したが、それ以外にも、内皮および血小板由来マイクロパーティクル(EMP, PDMP)をフローサイトメトリー法により高感度・高精度に定量測定し、直接的血管障害のバイオマーカーとしての意義の確立を図るプロジェクト(姉川)、久留米大学心臓・血管内科およびその関連病院において早朝高血圧に対するARB+利尿薬併用治療の有用性・安全性に関する多施設前向き臨床研究(上田集宣)など多くの独創的なプロジェクトが進行中である。今後もますます、新しい疾患概念、検査法・治療法の開発に結びつくような臨床に直結した研究を進めていきたい。
末筆ではありますが、研究補助員の木村紀美子さん、西方(旧姓:大内田)美由紀さん,小暮美穂さん、清弘真希子さんのサポートによってこれらの研究をすすめることができたことをこころから感謝いたします。
