大動脈弁膜症外科治療について
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メモ 近年、大動脈弁膜症に対する外科治療は安定した成績で行われています。さらに優れた人工弁の開発、新たな手術手技の出現により、現在では個々の疾患に応じた幅広い治療法が選択されるようになってきました。これらの様々な手術法の原点はいうまでもなく、術後の生活の質(QOL)をいかに良好に保つかということです。

1. 大動脈弁置換術(人工弁置換術)
 いうまでもなく、もっとも標準的な治療法で、全ての大動脈弁膜症が適応となります。手術手技はほぼ確立されており、どのような人工弁を選択するかが問題となります。人工弁には大きく分けて以下の機械弁および生体弁があります。

A.機械弁
 耐久性に優れ、まず弁そのものが壊れることはありません。しかし、構造上血栓(血の固まり)が出来やすいため、ワ−ファリン(血が固まらなくする薬)を一生(機械弁が入っている限り)内服しなければなりません。その負担は無視できるとはいえず、またワーファリンには挙児を希望する若年女性では催奇形作用(奇形児が生まれる可能性)があります。さらに血栓弁や人工弁感染などの可能性も常にあり、これらが起こった場合多くは再手術となります。

B.生体弁
 生体弁とは、名前の通り生体の材料を利用して作製された弁で、現在ひろく使用されているものとして牛心膜弁(CEP弁-牛の心膜を金属の枠に縫いつけたもの)、ブタ大動脈弁(Freestyle弁-豚の大動脈弁をそのまま特殊処理したもの)の2種類があります。生体弁の最大の欠点として、必ず壊れてくるということがあります。以前使用されていたものと比較し、耐久性はかなり改善(約13〜15年)していますが、やはり再手術が必要となってきます(おおよそ15年後)。しかし利点として、生体弁では血栓がつきにくく、ワーファリンは内服しなくてもよいことが挙げられます。

C.ホモグラフト
 ヒトの死体より大動脈弁を摘出し、凍結保存処理(-80℃に凍らせて保存する)ことにより耐久性を高めたもので、もともとヒトの組織であるから、血行動態に優れています。しかし、現状では非常に手に入りにくく、国内のごく少数の施設でのみしか製造されていません。また海外(欧米)より輸入する手段がありますが、保険適応外のためすべて自費となります。

2. 大動脈弁形成術
 古くはリウマチ性の大動脈弁膜症に対し行われてきましたが、遠隔成績は不良で現在ではほとんど行われていません。しかし、徐々に見直されるようになってきていますが、成績は不良でいまだ広くは行われていません。
3. 大動脈基部再建術
 ある特殊な原因による大動脈弁閉鎖不全症に対して、自分の大動脈弁を温存する手術法で、1990年代に入り広く行われるようになってきました。しかし、適応となるものは非常に少なく、限られた症例のみ行われているのが現状です。
4. ロス(Ross)手術
 1967年にイギリスのRossという心臓外科医が開発した手術法で、自分の肺動脈弁を摘出し、これを用いて大動脈弁置換を行う方法です。当初は、複雑な手術手技であるため、あまり行われていませんでした。しかし、80年代に入りアメリカにてこの手術が見直され、また良好な遠隔成績が明らかにされたため、90年代には爆発的に世界に広まりました。生体弁と同様にワーファリンは不要で、また自分の肺動脈弁は長期間機能し続けると考えられています。しかし、ある程度の再手術の可能性はあり、手術後25年で10-15%といわれています(まだ25年以上の経過を報告したものはない)。
 またこの手術の問題点として、自分の肺動脈弁を摘出した後をどうするかという問題があります。というのは、欧米では同部位の再建に前述したホモグラフトが用いられており、非常に優れた成績を上げていますが、前述したように日本ではホモグラフトの入手が困難であるということです。従って日本でこの手術をする場合には、施設により様々な方法がとられています。これは主に手術を受ける年齢により異なり、若年者では成長があるため、手術後も成長が期待できる素材(自分の心膜等)を利用しています。また、成長しない成人では生体弁が使用されています。もちろんホモグラフトを輸入するという方法もありますが、ロス手術自体が術中の所見によっては出来ないこともあり、その場合はせっかく輸入したものがだめになることもあります。いずれの方法をとるにせよやはり再手術の可能性はありますが、肺動脈弁の特徴として全く弁がなくなっても問題がないといわれており、よって、重い狭窄(弁が狭くなること)が起こらなければ再手術は必要ないかもしれません。
 ロス手術の適応としては、
1. 手術後も成長する小児例(その時合う人工弁では成長した後小さい)
2. 将来挙児を希望する若年女性
3. 日常生活で高い身体活動を行う人などが挙げられます。

 当科では、このような様々な手術法を駆使して、患者さんそれぞれに合った最良の治療を行うように努めています。

  
久留米大学外科学 助手 福永周司 鉛筆