医療情報学

久留米大学病院 病院情報部 部長
和田豊郁(わだ とよふみ)  Last update: 2010/8/25

はじめに

久留米大学医学部医学科では,医療情報学は2年生と4年生の『医療科学』という科目のそれぞれ1〜2コマ(1コマ70分)しか講義割り当てがなく,当然そのような短時間で説明できる事柄はごく限られたものにならざるを得ない.
コンピュータネットワークを応用した医療の説明をすると,多くの学生は,まず『情報が漏れる』ことを心配する.
問題意識を持つこと自体は結構なことだが,これはある意味,『コンピュータネットワーク』=『インターネット』と思い込んでいるのではないかと心配になる.
医療情報ネットワークは,通常,プライベートな閉じたネットワーク(文字通りのLAN,local area network)で,いきなりインターネットに接続されたりはしないものであることを基礎知識として知っていてほしいのだが,短い講義時間ではネットワークやインターネットの歴史,ファイアーウォールの話に割く時間はなく,せいぜい個人認証の話やインターネットを用いた情報交換をするにしても,公開鍵暗号・秘密鍵暗号を利用したSSL(Secure Socket Layer)が既に実用的に使われていることの紹介ぐらいしかできなかった.
個人認証の重要性,つまり,『なりすまし』を防止することの必要性と意義に付いては,実際にコンピュータネットワークを用いた実習なしには,インターネット上の商取引よりも医療情報ネットワークには守るべきものが多いこと,守るためには努力が必要なことは体得できないのではないか.
平成13(2001)年9月に厚生労働省の示したグランドデザインでは,電子カルテを平成18年度までに『全国の400床以上の病院の6割以上』『全診療所の6割以上』に普及する,としていたが,個人認証の重要性を体得していないと苦痛の多いシステムを嫌々使うことになるのではないかと危惧されるものである.
実際,その目標にはほど遠い達成率しか得られな かったが,それでもさまざまな改良や工夫がなされたこともあり,普及は進んできている.しかし, そもそも,全国の病院の9割は400床未満であり,大病院と開業医にだけ目標が掲げられており,地域の医療の担い手である大多数の中小病院には目標が定められていなかったのである.
末尾には,授業では伝え切れなかった,21世紀の医師として必要とされる医療情報関係のリンクを掲載している.
ぜひ見てほしい.
また,我々は常にマスメディアによって情報操作をされているかもしれない,という認識を新たにするために医療・社会問題関係リンクも読んでほしい.

IT革命について ―Information Technology Revolution―

Information Technology : 情報通信技術, 革命 : 既成の制度や価値が根本的に変わること

なぜ『革命』なのか考えてみたことがあるだろうか.
45年前『テレビ』といえばNHKしかなかった.
しかし,現在では(裏)番組が100も200もあるような時代である.
テレビだけでもこの情報量の多さだが,自分には不要と考えられる情報も多く含まれるはずである.
全ての情報が送り込まれて来るしくみ(プッシュ型)のままだと情報の海に溺れてしまうことになりかねず,情報は取捨選択して引き出すしくみ(プル型)へと変わってしまう,これが『革命』なのである.
情報は 『送られて来る』 ものから 『引き出す』 ものへと,情報と人との関係がガラリと変化したのだ.
新約聖書はもう2000年近く前に書かれた書物だが,現代にも役立つ言葉が書かれている.

求めなさい,そうすれば与えられる
探しなさい,そうすれば見つかる
(戸を)たたきなさい,そうすれば開かれる
要するに,最初に自分で行動を起こさないといけない,待っていても何も得られない(北原白秋『待ちぼうけ』で描かれている通り!)ということである.

医療情報学とは

医療は,情報の収集,治療計画,医療行為,評価(情報の収集)の繰り返しによって成り立っている.
医療情報学は,医療の現場で生じるありとあらゆるものごとを「情報」と認識し,細分化と相互の関連付けを考慮しつつ再利用可能な形で保存し,より良い医療の実践ができるようにするための学問である.
医療情報学はコンピュータ技術の発展と時を同じくして発展してが,思想的には必ずしもコンピュータありきの学問ではないものの,結果的にはコンピュータやコンピュータネットワーク技術をフルに使いこなして高度な医療を実現しようという方向性を持つ.
医療情報学が内包する分野には以下のようなものがある.

病院情報システム
医療事務部門,診療部門,看護部門,臨床検査部門,放射線部門,薬剤部門,中央材料部門,給食部門,経営支援など

地域医療情報システム
医療連携,健康管理情報,遠隔医療など

医療情報の標準化
医療用語,看護用語,検査コード,医療記録,情報交換の方法など

医用画像
心電図,X線CT,MRI,シンチグラフィー,超音波断層法など

医用波形
心電図,脳波,呼吸機能検査など

診療支援
医療知識データベースによる診断支援,バーチャルリアリティーによる治療支援など

生物医学統計
医学統計,大規模臨床試験,メタアナリシスなど

医学教育
電子教科書,患者指導プログラムなど


医療の変質

−『先生にお任せします』からインフォームドコンセントの時代へ −

受診者の意思によって医療行為が行われるべく,医療機関には説明責任がある,というのが最近の考え方である.
これは,医療行為の全てを医療機関が責任を持つのではなく,受診者は正しく病状を理解し,判断をしなければならない,という自分自身に対する責務を負うことでもあり,双方の責任が再認識されたということである.
患者さんや患者さんの家族が言う『先生にお任せします』とは,『良くなることを信じていますから最善の治療をしてください』という意味で,責任を治療社に丸投げしているようなものである.
行おうとしている治療の内容や性質をよく説明せずに治療を開始し,期待とは異なった経過となれば『そういうことは聞いていなかった.聞いていたらそんな治療はしなかったかもしれない』と後になって言われるかもしれない.
実際に医療訴訟の大半は説明不足や管理責任が争点となっており,治療の結果や手技的なことが取りざたされることは少数である.
受診者が病状の正しい理解と治療方針決定への判断をするためには,医療機関は必要な検査と結果の説明を行い,標準的な治療方法とリスクを示すことが必要である.
医療情報学はこのプロセスが適切に行われることを支援するものとも言える.

− 疾患の質の変化 −

20世紀の中半までは医療は主に感染症と戦ってきた.
21世紀になっても感染症対策はAIDSやSARSやウイルス性肝炎の例を持ち出すまでもなく大切であることは変わりはないが,20世紀後半からは,悪性新生物や心臓血管障害,脳血管障害への対策が重要な課題となってきている.

悪性新生物(癌など)に対しては,ウイルス性肝炎が肝細胞癌の,ヘリコバクター・ピロリ菌が胃癌の原因となっているなど,一部では感染症が癌の誘引となっていることが見出され,その治療を行うことが予防となることが明らかになりつつあるが,その他の多くの悪性新生物では,早期発見・早期治療が大切であり,各種画像診断,血液中の癌抗原の測定などが行われている.
PET(Positron Emission Tomography)は活動性の高い悪性新生物を早期に発見できる画像診断法であり,本法が普及することにより癌は撲滅の方向に向かっていくものと考えられる.

これに対して,心臓血管障害,脳血管障害は高血圧症,糖尿病,高コレステロール血症,喫煙習慣,ストレスなどが発症に強く関わっており,これら諸疾患の治療,管理が大切となるが,これらの疾患は,自覚症状に乏しく,食生活の変更が治療上必要なことも多いが,治療の目的を良く理解していないと治療が続かないことが多く,医療機関の説明責任と受診者の理解は極めて大切である.

また,長期にわたり治療を継続する必要があることから,転勤や転居などがあっても治療が継続されるよう,医療情報が引き継がれる必要性があるが,一方では法律により診療録は治療を終了してから5年間,放射線検査(X線検査,CTなど)や生理機能検査(心電図,脳波など)は3年間,その医療機関にて保管することが定められており,転居先の医療機関に診療録やX線フィルムなどを持って行ってしまうことはできない.

医療情報の電子化

本来検査結果などは受診者に帰属する情報であり,転居先の医療機関でも継続して治療が受けられるよう,医療情報は伝達されるべきものである.
電子化された情報は複製を作ることは簡単であるから,医療情報の電子化が進めばこの問題は解決へと向かいそうに思えるが,実際はそう簡単なものではない.
共通の土台に立脚した情報でなければ情報の継続や情報交換は不可能だからある.

比較的簡単に思える生化学検査にしても,総コレステロール値の単位が mg/dl なのか,mmol/l なのかで,数値は全く異なることは容易に理解できよう(通常日本では前者が,欧米では後者が使われている).
病名に関しても,紹介元と紹介先とで疾患の概念が異なっておれば正しく治療が継続されるとは思えない.
また,保存されている画像のフォーマットがメーカーごとに異なっておれば表示すらできないことになるため,同一医療施設であっても検査機器の代替時に大きな問題が生じることとなる.

従って,これらを解決するためには,さまざまな分野で標準化を行う必要がある.
用語やコード体系の標準化なしには何もできないといっても過言ではなく,用語の定義,同義語の整理,コードの統一が必須である.
医学用語に関しては,日本医学会が作成した医学用語集が広く用いられている.
ICD−10 は死亡原因に着目した国際的な疾病分類であり,MEDIS−DCによって日本語の病名との関連付けがなされ,今や,病名コードとして標準的に使用されるようになっている.
医用画像の通信方法,画像の表示,保存方式は DICOM−3 が世界標準として完全に定着している.
PACS(Picture Archiving and Communication System)は保険点数改正の影響もあり,普及が加速しており,久留米大学病院でも2009年4月に導入され,5月からはフィルムレス運用に移行した.
心電図や脳波などの医用波形は,現状ではまだ画像として保存している施設が多いが,波形のままで保存する規約としてMFERがあり,今後の普及が期待される.
患者基本情報,臨床検査,処方,診療録の本文,各種予約など,医療情報の内,文字データ関しては医療情報交換のための標準規約であるHL7が用いられている.

他の医療機関のシステムとデータをやりとりするためにはもう少し細かい規定が必要となる.
J-MIX (The Japanese Set of Identifiers for Medical Record Information eXchange)は平成11年度の厚生省の委託事業として開発され,他の医療機関に電子的に送信する場面で送信対象となりうるデータ項目の一覧をまとめたものであり,異種・異社システム間での情報交換が可能となる.
MERIT-9 (MEdical Record, Image, Text, - Information eXchange) は,平成8,9年度厚生科学研究の成果であり,診療情報提供書(様式6)に完全に準拠した診療情報提供(紹介状)を電子的に行なうための規約である.
画像検査(DICOM)や処方(HL7)などもそれぞれ個別にファイル化して指定されたディレクトリ構造にまとめられる.
この形式に従ってCD−Rに書き込まれた医療情報を持参すれば,他の MERIT-9 に準拠したシステムであれば画像や検査データなどを含むあらゆる医療情報が難なく表示される.

静岡県では2006年1月から紹介状やセカンドオピニオンに必要な診療情報を患者にCD−ROMで提供するシステムが動き始めており,2007年度には,国の予算にこのシステムを配布する事業が計上されている.
このことは,将来的には日本全国の対応する医療機関で医療情報がやりとりできることを意味する.
ネットワークでの情報交換を目指すのではなく,CD−ROMによる互換から普及させるということは,セキュリティ意識を一足飛びに高めていく必要性をやんわりと回避することができ,受け入れやすいシステムとなるものと思われる.
しかしながら,医療費削減政策の下,他の医療機関との情報のやりとりにまで手(予算)が回っていないのが現状である.
2008年度から始まった特定健診では,国民健康保険の健診データは保険者に電子ファイルとして提出されることとなっている.
ファイルはHL7準拠のXML形式で,健診を行った医療機関はこれを暗号化してフロッピーディスクやCD−Rに書き出して保険者に郵送する.
健診データ管理のためのフリーソフトウェアが公開されているが,随所にわざと使いにくく作らせたのではないかと思わせる出来映えであり,入力代行業者が活躍する場を提供している,とも言える.
入力を外注すれば医療機関の健診報酬はほとんど入力代行業者の雇用を創出するために購われるような仕組みになっているとも言える.

さて,医療の現場には多数の検査機器や電子保存のためのサーバー群があり,これらはDICOMやMFERやHL7によって接続されているわけだが,それだけでは実運用には耐えない.
医療情報は患者を特定できる唯一のIDによって管理されるが,たとえば,氏名不詳の人が救急車で病院に搬入されたような場合,新たにIDを発行せざるをえないが,既にIDを持っていることが判明した場合,既存のIDに統合する必要がある.さまざまな検査を行っていた場合,それぞれの機器ごと,検査ごとにIDの付け直しをするという,極めて非生産的な作業が発生してしまうが,これを容易に統合できるような仕組みがあれば非常に快適になる.
こうして生まれたのがIHE(Integrating the Helthcare Enterprise)というガイドラインである.
各国別の実情に合わせたIHEがあり,日本版はIHE−Jと呼ばれる.

− 診療録等の電子媒体への保存 −

診療録の電子化に関しては,平成11年4月に当時の厚生省が『診療録等の電子媒体による保存について』という通達で,誤った情報が保存されないこと(真正性),適時すぐに読める形に変換できること(見読性)−電子媒体上に保存されたファイルは0と1の符号に過ぎないから−,いつでも復元可能な状態で保存されていること(保存性)の三原則が守られていること,とされているが,この他にも,メーカーの倒産などで,他のシステムへ変更を余儀なくされる場合も想定されるため,他のシステムへの互換性や継続性も重視されるべきであるが,現時点では他のシステムへの乗換えが容易な電子診療録製品は多いとは言えない状況にある.

認証について

我々は普段日常的に銀行のキャッシュカードを用いている.
このシステムが登場する前までは,預金の出し入れは銀行の営業時間内に限られていた.
つまり,週末に急に現金が必要になったような場合には,お金を持っていそうな人を探すしかなかった.
現在では,24時間営業のコンビニエンスストア内にも端末機が置かれ,利便性は飛躍的に増した.

※ クレジットカードの普及とともに,衝動買いを押さえ切れない人には迷惑なしくみとも言える.

さて,預金の出し入れに必要なものは何か.
それは,キャッシュカードを持っていることとそれに対応するわずか4桁の数字だけである.
キャッシュカードは,その磁気記録部分の情報をコピーして複製することは可能だし,4桁の数字による組み合わせはわずか1万通りしかないが,たったそれだけの認証システムでも,財産に忍び寄る魔の手を日々ひしひしと感じている人がどのくらいいるだろうか.
キャッシュカードで現金を引き出すときのパスワードの入力は慣れてしまって苦痛を感じなくても,コンピュータのログインは何度やっても『面倒』と感じてしまう人が多いのではないだろうか.
ましてや,定期的にパスワードを変更しましょう,と言われてもピンと来るわけもない. キャッシュカードのパスワードを変更するには,銀行窓口での手続きとなっていることもあり,誰かにパスワードを知られ,被害に遭うか,遭いそうだ,という事態にでもならない限り,パスワードを変更する習慣が形成されていない.

多くのコンピュータでは,それを使用する時に,IDやらパスワードやらを求められる,『ログイン』という作業を要求される.

※ 元来,log-in,log-out と,入る,出る,だったのだが,Microsoft は log-on,log-off と,照明のように点ける,消す,としている.
ちなみに,log とは,logbook 航海日誌 から来ており,誰がいつからいつまで使用したかの記録,という意味合いで,元々は使用料金算定のためのものだった.

キャッシュカードの場合,パスワードによって守られるものは自分の財産(のみ)であるが,医療従事者が医療情報のネットワークにログインした場合に扱うのは患者情報である.
しかも,通常,いつ,誰が患者情報にアクセスしたか,という記録が残る仕組みになっているため,『なりすまし』によるログインは,患者情報の改竄,漏洩につながるだけではなく,『なりすまし』を許した責任を問われることになる.

ログインの方法には大きく2通りあり,ID・パスワードを持ちいる方法,人間の肉体の特徴を読み取り,登録してあるものと照合する方法(バイオメトリックス)がある .
IDはキーボード入力や画面から選択する方法と,磁気カード・ICカード・ICチップ・USBトークンなどのモノを持ちいる方法があり,パスワードは通常キーボードから入力するかボタン,タッチパネルを押す方法がとられる.
バイオメトリックスには,指紋,網膜,虹彩,顔,手形,掌紋,手掌静脈パターンなどの,身体的特徴を検出し,照合する方法と,音声の特徴や声紋,筆跡(ペンタブレットやパッドを用いて,文字の書き方や筆圧,離す方向などから判別する),打鍵(どのキーをどのような間隔で叩いたか)など,癖を検出する方法がある.
バイオメトリックス方式では,身体的特徴から本人を認証するため,通常パスワードは要求されず,ID方式より利便性に優れるが,本人であるにもかかわらず認証されない,という可能性がゼロにはならない,という点に問題が残る.
また,ログインしたまま放置されていると,他の人が使うかも知れない,という点には十分に配慮しなければならない.
また,バイオメトリックス認証を徹底して行った場合には代行入力は一切不可能になり, 口答指示が受け付けられない場合は 業務が停止してしまう事態もありうる.
セキュリティーは徹底すれば良いというものでもないのである.

個人情報保護法とコンピュータ

2005年4月1日から個人情報保護法が施行され,情報管理に対して特に注目が集まっている.
例えば,盗難や紛失によってコンピュータが管理を離れたとき,容易に情報が取り出せるような状態の場合,被害者として同情されるよりも情報漏洩者として非難の的になる可能性の方が高い.
そこで,たとえ人の手に渡ったとしても情報が取り出せないような仕掛けが必要となる.
最近 Thin Client と呼ばれる,ハードディスクを持たないコンピュータを採用する企業が増えている.
これは,内部に何らデータが保存されないため,たとえ持ち出されても,ネットワークから切り離された瞬間にデータは消滅するため,ハードウェアの損失となるだけで,情報の漏洩は起こらない.
しかし,この方法は,個人の所有するコンピュータには全く向かないことは自明であり,別の方策を考えなければならない.
前述の指紋認証装置を内蔵したコンピュータも各社から発売されているし,PCカードアダプタとしても販売されている.
USBフラッシュメモリーに指紋認証を組み合わせたものが販売されているが,これは例えばデータだけを持ち歩く際には手軽な上にセキュリティが確保できるものと期待される.
セキュリティ確保には,こういったデバイスを用いなければできない,ということではなく,ちょっとした設定によって格段にセキュリティレベルは向上する.
まずは,コンピュータは起動時に必ずID・パスワードを入力する設定にしておくこと.
そうして,ノートパソコンだったとしても,終了時にはスリープモードにせず,電源を切ること.
このことにより,コンピュータ取得者はコンピュータを起動させることが容易ではなくなり,中のデータを取り出しにくくなる.
『にくくなる』と書いたのは,コンピュータの起動に成功してしまったらデータを取り出せるからである.
そこで,ファイル自体にロックをかける方法が必要となる. 例えば,Microsoft Word / Excel / Power Point などにはファイルにパスワードをかける機能がある.
もちろん,簡単に類推されるようなパスワードを設定したのでは効果が薄いが,かといって,自分でも覚えていられないような,無意味な記号の羅列では,二度とファイルを開くことができなくなってしまうので,注意が必要である.
最近では,暗号化ソフトウェアが多数販売されている.
暗号を解く仕組みを知っている人以外は開くことが不可能になる.
いくつかの暗号化ソフトを組み合わせて多重に暗号化すると更にセキュリティレベルは上がりそうだが,使いこなしに失敗すると,自分でも開くことが難しくなる.
さて,インターネットをはじめ,ネットワークに接続する可能性があるのであれば,ウイルスセキュリティソフトウェアのインストールは必須であろう.
ファイルやフォルダの共有設定は情報漏洩の仕組みを提供するようなものである.
特にWinMXやWINNYのようなファイル共有ソフトのインストールは絶対にしてはいけない.
ファイル共有ソフトに限らず,インターネットの社会は "Give and take" の精神を良くも悪くも体現していることを忘れてはならない.
Give が take よりも先にあることをしっかりと認識しなければならない.
誰かが情報を開示しているからこそ,その情報があることを知ることができるわけであるし,自分が欲しい情報を求めているということは,誰かに尋ねることであるから,情報は入ってくるよりも先になにがしかのものが出て行くようになっているのである.
以上のように,起動時など,少々使い勝手が悪くなることを厭わなければ,ちょっとした工夫でセキュリティレベルは向上するが,逆もまた真なり,である.

さて,コンピュータやメディアを廃棄するときに,廃棄したコンピュータから容易にデータが読み出され,被害が発生した場合にも責任が問われることになる.
ハードディスクやフロッピーディスク,MOディスク,CD−Rなどは,廃棄する前に物理的に破壊しておくことが万全である.
フォーマットしただけではデータを修復して読み出せる可能性があり,もし下取りに出す場合には,ハードディスクの全域にわたって,でたらめなデータを書き込むようなソフトウェアを用いてデータを完全に破壊することが必要である.
廃棄する場合には,ハードディスクの中身はガラス板であるので,真ん中あたりをハンマーで叩き潰したり,真ん中から少し外れたところに太目の釘を打ち込めばまず修復は不可能になる.
フロッピーディスクやMOディスクやCD−Rなどのメディアは切断した上で廃棄するようにしたい.

診療録に関する法規

− 診療録の保存年限と開示 −

医師法には次のように記されている.

第24条 医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない。
2 前項の診療録であつて、病院又は診療所に勤務する医師のした診療に関するものは、その病院又は診療所の管理者において、その他の診療に関するものは、その医師において、5年間これを保存しなければならない。
ここで,『5年間』とは,診療を開始した日ではなく,診療を終了した日からの期間である.
つまり,受診者が来院しなくなってから5年間,ということを意味している.
これは,紙の診療録であっても,電子診療録であっても同じであり,前項の『保存性』は現時点では診療終了から5年間守られればよいという解釈となる.
この条文では,誰が何年間,と言っているだけで,どこで,については触れられていない.
したがって,プライバシーが保たれるなどの条件は必要であるが,病院や診療所以外の場所に保管をしてもよいと言う解釈となる.
しかしながら,医療機関が廃業した場合には診療録はプライバシー保護のため廃棄されることになっている.
診療録は医師の著作物ではあるが,その内容は受診者の個人情報であり,受診者には個人情報を管理する権利があるとすれば,にべもなく廃棄されてしまうことに関しては疑問もあろう.

薬害AIDS事件や薬害C型肝炎事件のように,法定保存年限を超えた診療録の提示が求められることが今後も無いとは言えず,なるべく長い年月保存しておく必要性は考えられるのだが,例えば,久留米大学病院(1186ベッド,平均在院日数21日,1日外来患者数約2000人)の場合,倉庫の賃貸料,カルテ棚の設置,管理人件費,運搬費などで,年間1億円近くが費やされており,病院にとっては診療録の保存は金銭的に大きな負担となっている.
診療録の電子化は,増え続ける診療録保管費用にブレーキをかける手段として,病院経営面からも注目されている.

カルテの開示は,日本医師会の反対で法制化は見送られ,病院ごとの開示ルールによって開示されている.
カルテの開示は,本人あるいは親族から医療機関に求められるものであるが,癌を本人には告知していないような場合や,治療上不都合が生じる可能性がある精神疾患の場合や,家族にも知られたくないプライバシーに関する記載があるような場合にはカルテ開示が行われないことがある.
医療機関では,カルテを開示することを前提とした医療を行うべきと考えられるようになってきており,日本語で書かれた分かりやすい診療録が求められている.
カルテ開示が前提となるならば癌の非告知は少なくなっていく可能性があるが,精神疾患に関しては必要なことも書いていないカルテになってしまう可能性があり,カルテ開示の運用には,大変難しい問題がある.

− 守秘義務 −

刑法には次のように記されている.

第134条 医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
第135条 この章の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
守秘義務違反は親告罪であり,秘密を守らなかったことで即座に罪に問われるわけではない.
『業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密』には,医療機関を受診したこと自体も含まれることがあり,外来を受診されたことや入院されたことも本人の承諾を得ていない場合には秘密にしなければならない.
※ この項は個人情報保護法が施行されるずっと前のこのページの初版から掲載していたことに留意していただきたい.
なお,入院しているのに入院していないと言うような嘘を付いてはいけないことは言うまでもない.
ただし,受診者が犯罪捜査の対象となっているような場合には秘守義務よりも捜査の方が優先される.

− 個人情報保護法 −

高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大したため,個人情報の有用性に配慮しつつ,個人の権利利益を保護する目的で2005年4月1日に施行された.
その概要は,以下の通りである.
・ 個人情報を取り扱うに当たり,その利用目的はできる限り特定しなければならない.
・ 特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えた個人情報の取扱いは原則禁止.
・ 偽りその他不正の手段によって個人情報を取得してはならない.
・ 個人情報を取得した際には利用目的の通知又は公表しなければならない.
・ 本人から直接個人情報を取得する場合には利用目的を明示しなければならない.
・ 利用目的の達成に必要な範囲内で個人データの正確性,最新性を確保しなければならない.
・ 個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置をしなければならない.
・ 従業者・委託先に対する必要かつ適切な監督をしなければならない.
・ 本人の同意を得ない個人データを第三者への提供は原則禁止.
医療に関して言えば,患者情報はすべて『利用目的達成により必要な情報』にあたる可能性があり,むしろ,患者が情報を自らコントロールすることは不利益を招く原因となることをまず患者に理解していただくことが大切である.
また,住所や電話番号など,常に最新の状態が維持されるように努めなければならない.
ひとたび第三者への情報漏洩が起きた場合,医療機関への信頼性は一気に失われるため,セキュリティレベルは十分に高くなくてはならない.
機器での対策をいくら講じていても,使用する人の心がけ次第ではセキュリティレベルはいくらでも低くなることを理解していなければならない.
そういう意味で,医療機関職員のセキュリティ教育は最重要課題,と言える.



医療情報関係リンク

財団法人 医療情報システム開発センター(MEDIS−DC)
厚生労働省及び経済産業省の共管の財団法人.
昭和49(1974)年7月15日東京都港区赤坂に設立.
平成16(2004)年5月8日文京区西片1丁目に移転した.
我が国の医療情報システムの研究開発推進及び普及の中核として厚生労働省,経済産業省及び地方自治体の施策にかかわる受託事業などを中心に各種事業を行っている.
各種標準マスター・用語マスターは無料でダウンロードできる.
診療録等の電子媒体による保存に関する解説書
MEDIS−DCのサイトで提供されているコンテンツのひとつ.
医師法
医師は何をすべきかを定めた法律.
診療録に付いての条文は第24条.
医療法
病院,診療所及び助産所の開設及び管理に関する法律.
広告について定めているのは第69条.
医療法施行令
医療法の細則は政令による.
広告することができる診療科名は第5条の11にある.
『腎臓内科』『糖尿病科』『甲状腺科』など,あって良さそうなものだが...
個人情報保護法
コンピュータが人手に渡ると被害者ではなく加害者になってしまう時代.
SSLとは
インターネット上で安全にデータやり取りするために暗号化が考えられた.
公開鍵暗号と秘密鍵暗号を併用し,安全性と高速性を両立させている.
暗号入門
情報の隠蔽を目的とした「暗号技術」は数々のセキュリティ技術の中核を成し,ネットワーク化が進んだ今日,大きな意味を持つようになった.
ICD−10
ICDとは疾病及び関連保健問題の国際統計分類で,異なる国や地域から,異なる時点で集計された死亡や疾病のデータの体系的な記録,分析,解釈及び比較を行うためWHOにて作られた.
1990年の第43回世界保健総会において採択された第10回目の修正版をICD−10と呼ぶ.
普段使っている病名とは表現が大幅に異なるため,病名として日常的に使用するのは難しく,MEDIS−DCにて『ICD10対応電子カルテ用標準病名マスター』が提供されている.
DICOMの世界
DICOM−3とは,医用デジタル画像と通信に関する標準規格.
日本HL7協会
HL7とは医療情報システム間における情報交換のための国際的標準規約.
HL7について
医療情報学会で併設されたHL7研究会でのセミナーをもとにしたHL7についてのわかりやすい解説.
特定非営利活動法人MedXMLコンソーシアム
MMLは異なる電子カルテシステムの間で診療データを正しく交換する為に考えられた規格.
MERIT−9
異なる電子カルテシステム間での紹介状データの受け渡し規約.
第1回「静岡県版電子カルテシステム」利用者協議会 資料
CD−ROMで医療情報の全てを受け渡しできるようにした MERIT-9 を具現化したシステム.
Medics TV
医療情報・映像配信サイト Medics TV.無料で講演が聴講できる.
医療におけるプライバシー保護
医療におけるプライバシー保護ガイドライン.
厚生労働省
厚生労働省のホームページ.電子カルテは21世紀の医療の基盤と位置づけられている.
経済産業省
経済産業省のホームページ.医療情報技術はコンピュータ関連産業の柱である.
日本医療情報学会
医学は多くの情報を収集し意思決定を行うという過程を含んでおり,これは情報の処理に他ならない.医学,医療における情報科学を研究する研究者の交流の場が必要ということで昭和58(1983)年設立.
たのしいXML
これを作った人は凄い,凄すぎる...あ,本も書いているのね.(^_^;)

講義関係

久留米大学医学部4年過去の試験問題
解答(○×)付き.
久留米大学医学部2年過去の試験問題
解答(○×)付き.


久留米大学医学部4年生 講義の質問と意見 2009
2009/8/13 Q & A を公開しました.
久留米大学医学部4年生 講義の質問と意見 2010
2010/5/10 Q & A を公開しました.

医療・社会問題関係リンク

厚生労働省パブリックコメント「第三次試案」
「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案−第三次試案−」に対する意見(パブリックコメント)募集
『意見・情報受付締め切り日』が定められていないのは異例中の異例だったが,ついに2010/8/24に締め切られた
医療問題を注視しる!
農家の方が書いた医療問題のページ.
対話形式で問題点を深く追求する.
本当に医療従事者ではない人なのか!?といぶかるほど問題を正しく理解しておられる.
政治家,マスコミ関係者は見習うべし!
ブログ『紫色の顔の友達を助けたい』
東京女子医大事件,福島県立大野病院事件に対する警察・検察・マスメディアの失当を追求する.
警察や検察やマスメディアに対する印象が変わる.
起訴されると有罪率99%超という日本は『推定有罪』社会なのか!?
ブログ『産科医療のこれから』
『滅び行く産婦人科医療・僻地医療について』のブログ
厚生労働省の『第三次試案』に対して出されたパブリックコメントをとりまとめて紹介している.
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医と健康のフリーマガジン ロハス・メディカル の編集部のブログ.
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九州・山口の医療問題についても取材されている.
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ソニーグループの医療専門サイト.
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ニュース解説『医療維新』は必見.
CBニュース 医療・介護情報
キャリアブレインの最新の医療介護情報
マスコミが取り上げない医療・介護の問題も鋭く取材している.
日経メディカルオンライン
会員制のオンライン版医療情報雑誌.
『若手・医学生』向けのコンテンツもある.
SAFETY JAPAN
安全な生活(暮らし)・セキュリティの総合サイト / 日経BP社
一般の報道とは全く異なる視点からの鋭い意見.
IT pro
情報技術の最先端情報
特集『相次ぐシステム障害の真因を追う』を読むと,人間は誤ることなしに完全な仕事をすることはできないと結論せざるを得ないだろう.
西尾幹二のインターネット日録
“新しい歴史教科書を作る会”西尾幹二が語る国体論.
尖閣諸島の領有権問題
民主党・鳩山元首相が中国と結んだ東シナ海のガス田共同開発プロジェクトは,排他的経済水域の境界線が中国が主張していた大陸棚の境界(=沖縄トラフ)までではなく,日本が主張していた日中中間線であることを認めさせたに等しく,ちゃんと評価されるべきである.沖縄近海の“抑止力”とは,表面上は軍事的,しかし,その実は東シナ海の漁業権の問題である.
北方四島問題では,四島一括変換にこだわり,歯舞・色丹の二島(先行)返還を拒否したために,毎年多数の漁船がロシアに拿捕されている.沖縄近海の抑止力が弱まれば,中国の圧力は強まり,西南諸島近海でも同様なことが起こる可能性が高くなっていく.
永田町異聞
政治の裏舞台まで鋭く切り込むネタはオモテには出てこない.
マスコミで報道されるものだけがジャーナリズムではない.
報道の自由とは報道をしない自由でもある,とも言えるのかも.
晴れのち曇り、時々パリ
金看板小沢一郎立て!
すみっち通信
『今日も晴天♪LA発のアメリカニュース』とのサブタイトルではあるが,アメリカとの日本の政治的関係にとても興味があるようだ.
さらば厚労省 それでもあなたは役人に生命を預けますか?
厚生労働行政とはいかにして執り行われているのか,まさに虎穴に入らずんば虎児を得ずを実行した内科医が見たものは...
木村盛世のメディカル・ジオポリティクス カフェ
混迷するワクチン行政に感染症疫学の専門家が鋭く切り込む.
Last Update: 2010/8/25 Copyright (C) Toyofumi WADA 2003-2010 
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