がんワクチン分子部門

研究概要

 がんの新規治療薬として分子標的薬や抗体医薬が次々と開発・上市され、初期がんの治療成績は格段に向上しました。しかしながら、初期治療抵抗性の進行がんや再発がんでは、いまだ十分な治療効果は得られていません。このような状況下でがん免疫療法、中でもがんペプチドワクチン療法に対する国民の期待は益々高まっています。がんワクチン分子部門では1996年の先端癌治療研究センター設立当初より、がんペプチドワクチンの開発研究を行っています。

1.がんワクチン実用化へ
 第1期(1996−2000年):がん抗原ペプチドの同定を行うとともに、国内初の「がんペプチドワクチン臨床試験」を開始しました。
 第2期(2001−2005年):個々の患者に適したワクチンを使用する「テーラーメイドがんペプチドワクチン療法」を世界で初めて開発しました。
 第3期(2006−2010年):特定の白血球型(HLA型)にしか適応できないというペプチドワクチンの弱点を克服した「汎HLA型対応ペプチドワクチン」を世界で初めて開発しました。
また、「がんペプチドワクチン療法」の有効性を世界で初めて前立腺がんを対象としたランダム化比較試験で示しました。さらに、「テーラーメイドがんペプチドワクチン」が前立腺がんを対象として、厚生労働省の高度医療(現先進医療B)に認定されました。国内外いずれの国においても未承認の医薬品が認定された最初のケースとなりました。
 第4期(2011−2015年):前立腺がん及び脳腫瘍(膠芽腫)を対象に、「テーラーメイドがんペプチドワクチン」の薬事承認に向けての最終段階である第Ⅲ相治験を開始することができました。また、次世代がんペプチドワクチンとして開発中のカクテルワクチンの臨床試験も医師主導治験として早期第Ⅱ相試験まで実施しました。さらに、2013年にはがんワクチンの臨床試験に特化した「がんワクチンセンター」を開設しました。

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久留米大におけるがんペプチドワクチン開発

1994年 久留米大にてがんワクチン基礎研究を開始 新規がん抗原を多数同定(メラノーマ以外では世界初)
1997年 先端癌治療研究センター設立 がんワクチン分子部門開設
1998年 がんペプチドワクチンの臨床試験開始(国内初)
2001年 テーラーメイドペプチドワクチンの臨床試験開始
2003年 がんペプチドワクチン実用化を担う久留米大学発創薬ベンチャー、(株)グリーンペプタイドを設立
2005年 脳腫瘍(膠芽腫)と前立腺がんを対象とするITK-1第Ⅰ相治験を開始(グリーンペプタイド社)
2007年 汎HLA型対応テーラーメイドワクチンの臨床試験を開始
2009年 久留米大学病院にがんワクチン外来開設
2010年 厚生労働省の高度医療(先進医療B)に認定(前立腺がん)
2011年 脳腫瘍(膠芽腫)を対象とするITK-1第Ⅲ相医師主導治験を開始
2011年 カクテルワクチンKRM-20の第Ⅰ相医師主導治験を開始
2013年 カクテルワクチンKRM-20の早期第Ⅱ相医師主導治験を開始
2013年 がんワクチンセンター開設
2013年 前立腺がんを対象とするITK-1第Ⅲ相治験を開始(富士フイルム、グリーンペプタイド社)

2.基礎研究成果の臨床応用への展開
 直近の第4期には、英文一流査読誌に51編(原著論文43編、総説8編)の論文を発表しました。原著論文43編の内訳は、基礎研究に関するものが11編、基礎研究成果を臨床応用へと展開する臨床研究に関するものが32編でした。

3.他の治療薬との併用療法の開発:より高い臨床効果を求めて
 テーラーメイドがんペプチドワクチンは前立腺がんや脳腫瘍(膠芽腫)では従来治療に比べ生存期間の延長効果が認められています。しかしながら、その他のがんに対してはその効果は限定的であり、より高い治療効果が求められています。抗がん剤や分子標的薬などの細胞毒性を有する薬剤との併用療法に関する研究はこれまでにもなされ、多くのがんにおいてその有用性を示してきました。一方で、進行したがん患者ではがん細胞の産生する種々の抑制物質や抗がん剤治療等の影響により免疫抑制状態になっていることも知られています。そこで、患者の全身状態を改善することにより免疫抑制状態を改善し、がん局所の免疫環境をも改善しようという新たな観点から、漢方薬とペプチドワクチンとの併用療法の臨床試験を種々のがん患者に対し実施中です。膵がん患者に対し、十全大補湯との併用を行った結果、ワクチンにより誘導される抗原特異的な免疫応答の増強は認められませんでしたが、全身状態の改善が見られ、予後不良との相関が認められるIL–6レベルの抑制効果も認められました。がん局所においては制御性T細胞(Treg)が細胞傷害性T細胞を抑制していることが知られています。そこでTregを除去する目的でシクロフォスファミドとの併用や、がんの進展や抗腫瘍免疫の抑制に関与する炎症性サイトカインIL–6を中和する抗IL–6抗体の併用試験も現在進行中です。

4.橋渡し臨床研究から治験へ
 第1期に国内初の「がんペプチドワクチン臨床試験」を開始して以来、多くの臨床試験を橋渡し臨床研究(トランスレーショナルリサーチ、または医師主導臨床研究とも呼ばれています)として実施してきました。2015年6月時点では、58試験が実施中です。これらの試験は、基礎研究で同定されたがん抗原ペプチドの臨床応用の可能性を調べる為に実施するものです。これらの試験成績から、高い臨床効果が見込めるものについては医薬品としての承認(薬事承認)を目指す試験が別途実施されています。これらは医薬品医療機器等法(旧薬事法)の定めるGCP下で実施される臨床試験で、治験と呼ばれています。第4期には、テーラーメイドがんペプチドワクチンに関しては、脳腫瘍(膠芽腫)と前立腺がんを対象とする2つの治験が実施されています。前立腺がんを対象とするものは一般的な企業主導型治験であり、膠芽腫を対象とする試験は医師主導治験として、いずれも薬事承認の最終ステージである第Ⅲ相試験が実施中です。2015年度中にはいずれの治験も新規患者の試験参加登録が終了予定で、数年後の薬事承認を目指しています。テーラーメイドペプチドワクチンに続く次世代型カクテルワクチンの臨床試験も、前立腺がんを対象としたKRM-20の第Ⅰ相及び早期第Ⅱ相試験が医師主導治験として実施されました。また、消化管がんを対象としたKRM-10や乳がんを対象とするKRM-19の臨床試験も進められています。

5.今後の方向性
 今後はこれらの研究成果をさらに発展させ、より高い有効性のがんワクチン療法の実用化に向けての研究を加速させていきます。がんに対する免疫誘導ならびにがん局所における細胞傷害性T細胞の機能を抑制する機構、すなわち免疫チェックポイント機構が存在するために、がんワクチン療法の臨床効果が減弱されている可能性が示唆されています。そこで、PD-1やCTLA-4等の免疫チェックポイント分子に関する基礎的解析を行うとともに、抗PD-1抗体等の免疫チェックポイント阻害剤とペプチドワクチンとの複合療法の臨床研究も進めていきます。制御性T細胞(Treg)や抑制性ミエロイド細胞(MDSC)も免疫抑制に関与していることが知られているので、それらの細胞についても基礎並びに臨床研究を進めるとともに、適切に制御する新規治療法の開発もすすめていきます。また、カクテルワクチンの開発に加え、新たな次世代型ワクチンとして経皮ワクチン及び経皮アジュバントの開発も推進していきます。

6.がんワクチンの実用化及び普及への取組
 先進医療Bとして厚生労働省より認定を受けた「テーラーメイドがんペプチドワクチン療法」が前立腺がん患者を対象に実施中です。これとは異なる前立腺がん患者を対象とするテーラーメイドがんペプチドワクチンの開発が科学技術振興機構(JST)の研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)に採択され、久留米大学発ベンチャー企業「(株)グリーンペプタイド」と富士フイルム(株)との共同で医薬品承認の最終段階である第Ⅲ相治験が実施中です。膠芽腫に対しても医師主導治験として第Ⅲ相試験が実施中です。
 2013年にはがんワクチンセンターを久留米大学医療センター内に開設しました。学内の各診療科に分散していたがんワクチン外来が1か所に集積したのみならず、検査部門、研究部門とより密接な連携が可能となりました。これにより、従来に比べより高い安全性かつ高品質の臨床試験が実施可能になりました。
 また、本研究プロジェクトで推進中のがんワクチン療法を含むがんの先端医療開発研究に対する一般市民の理解と臨床試験への参加促進を目的とした啓発活動として、「カフェで学ぼう がんのこと」を2011年より月1回のペースで開催しています。すでに42回(2015年9月現在)実施し、のべ1200人余りの参加実績が得られています。セミナーの内容は、「がんカフェレポート」として新聞(西日本新聞)にも毎月掲載されています。

部門長 山田 亮

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研究活動

非小細胞肺がん患者における末梢血T細胞上のPD–1発現と予後との相関

 細胞傷害性T細胞上の免疫チェックポイント分子PD-1はがん細胞に発現しているリガンド分子PDL-1と結合することにより細胞傷害活性を抑制することが知られている。PD-1は末梢血中のT細胞にも発現しているが、予後との相関については明確な結論は得られていない。そこで、がんワクチン療法を受けている非小細胞肺がん患者78症例の末梢血中のT細胞サブセットにおけるPD-1発現と予後との相関を調べた。その結果、ワクチン開始前のPD-1+CD4+細胞、並びにワクチン1サイクル終了時でのPD-1+CD8+細胞の割合は全生存期間と相関することが明らかとなった。PD-1+CD4+細胞はCD45RACCR7のエフェクターメモリー細胞であり、機能的にも 疲弊細胞ではないことが判明した。これらの結果より、末梢血中のT細胞サブセットにおけるPD-1発現は新たなバイオマーカーとなりうることが示唆された。

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進行子宮頸がん患者に対するテーラーメイドペプチドワクチン療法:末梢血T細胞上のPD–1発現と予後との相関

 プラチナ製剤治療歴を有する進行子宮頸がん患者24症例を対象にテーラーメイドペプチドワクチン療法の第Ⅱ相臨床試験を実施した。24例のうち18例は再発症例であった。ワクチンに使用した大部分の抗原の発現は子宮頸がん組織において確認された。ワクチンに関連した重篤な有害事象は確認されなかったが、がんの進行により2症例がワクチン投与1サイクル(6回)を終了できなかった。1サイクル終了時における細胞傷害性T細胞(CTL)及びペプチド特異的IgG応答は約半数の症例において認められた。全生存期間の中央値は8.3か月であり、ヒストリカルデータとの比較においても生存期間延長効果が認められた。さらに、評価可能18例中1例で腫瘍縮小効果(PR)が認められた。全身状態並びに投与部位の皮膚反応と全生存期間との間に相関が認められた。また、非小細胞肺がんの場合と同様にワクチン開始前のPD-1+CD4+細胞と全生存期間との間にも相関が認められた。これらの結果より、プラチナ製剤治療歴を有する進行子宮頸がん患者に対するさらなる臨床試験の実施が推奨された。

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去勢抵抗性前立腺がんを対象とする20種類ペプチド混合カクテルワクチンの第Ⅰ相治験

 個々の患者の免疫記憶に対応したペプチドを用いるテーラーメイドペプチドワクチン療法では、従来型のがんペプチドワクチンに比し、各段に高い臨床効果が得られるようになった。しかしながら、個々の患者の多様性に対応するためには多くの種類のワクチン候補ペプチドを事前に用意しなければならず、また、HLA検査や免疫検査などの特殊検査が必要であり、一般医療へ移行するには多くの問題がある。そこで、我々はテーラーメイドワクチンと同等以上の臨床効果を有し、かつ事前の特殊検査を必要としない非テーラーメイド型のマルチペプチド混合ワクチンの開発を行っている。
 今回、20種のCTLエピトープペプチドからなるカクテルワクチンKRM20の安全性及び免疫学的最少有効量を決定する目的で、第Ⅰ相試験を去勢抵抗性前立腺がん患者を対象に実施した。KRM20は、HLA-A2、−A3スーパーファミリー(−A3, −A11, −A31, −A33)、−A24,および−A26を有する患者に適応可能なCTLエピトープペプチド20種からなり、日本人の99%以上に適応可能である。Montanide ISA51VGと混合したエマルジョン製剤を皮下投与した。去勢抵抗性前立腺がん患者をランダムに3群(各群5例)に割付け、各群には個々のペプチドあたりの用量が0.3mg(A群)、1mg(B群)、3mg(C群)を1週間隔で計6回投与した。17例が試験に登録されたが、いずれの用量においても重篤な有害事象は認められなかった。CTLおよび抗ペプチド抗体誘導を指標とした免疫学的最少有効量はそれぞれ0.8 mg/peptide or 0.3 mg/peptideであった。次に、Treg並びにMDSCについての解析を行った。その結果、A群 およびC群ではB群に比べTregが高い頻度で誘導された。これらの結果から免疫学的な至適用量はB群の1mg/peptideであることが示唆された。一方、B群におけるMDSCはCTL誘導陰性例において高い傾向を示した。これらの結果より、20種のCTLエピトープペプチドからなるカクテルワクチンKRM20の安全性が確認され、免疫学的最少有効量は1mg/peptideであることが示された。

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治療歴を有する進行大腸がんに対するテーラーメイドペプチドワクチンの第Ⅱ相試験:バイオマーカーの検索

 標準治療抵抗性の進行大腸がん患者60症例を対象にテーラーメイドペプチドワクチン療法の第Ⅱ相臨床試験を実施した。1サイクル(6回投与)終了時の投与ペプチドに対するIgG及びCTL反応の増強はそれぞれ49%および63%だった。全生存期間の中央値は498日で、1年及び2年生存率は53%および22%であった。多変量解析の結果から、ワクチン開始前の血中IL-6、IP-10、およびBAFFレベルが全生存期間と相関することが明らかとなった。また、ペプチド特異的CTLの増強が全生存期間と相関することも明らかとなった。

複数の標準治療に抵抗性となった進行非小細胞肺がん患者に対するテーラーメイドペプチドワクチン療法の臨床試験

 2ないし3レジメ以上の標準治療に抵抗性を示した進行非小細胞肺がん患者の予後は極めて不良である。そこで、複数の標準治療に抵抗性進行非小細胞肺がん患者57例に対しテーラーメイドペプチドワクチン療法の第Ⅱ相臨床試験を実施した。57例中23例は化学療法と併用、16例は分子標的薬との併用を、また18例はワクチン単独療法を行った。全生存期間の中央値はそれぞれ692日、468日、および226日であった。ワクチン1サイクル(6回)投与後の投与ペプチドに対するCTL並びにIgG応答の増強は約半数の症例において認められた。これらの結果から、ランダム化試験によるさらなる検証試験の実施が推奨された。

去勢抵抗性前立腺がんに対するテーラーメイドペプチドワクチンの第Ⅱ相試験:PSA倍増時間の延長効果

 ワクチン投与去勢抵抗性前立腺がん患者100例における腫瘍マーカーPSAの継時的変化と免疫反応性、及び全生存期間との相関について解析した。ワクチンに関連した有害事象は認められず、安全性が本試験においても確認された。全生存期間期間の中央値は18.8か月であった。投与ペプチドに対するIgG応答とCTL反応はPSAの倍増時間(doubling time)と強い相関を示し(p<0.0001およびp=0.0007)、全生存期間とも相関した(p=0.018)。多変量解析でもIgG応答の増強およびPSA倍増時間は全生存期間と相関を示した。これらの結果より、PSA倍増時間は去勢抵抗性前立腺がんに対するワクチン療法のバイオマーカーとなりうることが示された。

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がんワクチン外来

 2009年4月の「がんワクチン外来」開設から2015年6月末までの延べ受診者数は30,375人、新患の総数は2,571人となっています。なお、テレビで特集番組が放映された後の数か月間は受診者数の増加が認められました。

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