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 週刊:がんを生きよう ― 第1部 ―

  第1~4回目  :飲むがんワクチン物語マウス版 ①~④
  第 5~ 7回目  :ヒト白血病物語 ①~③
  第 8~11回目 :膵臓がんと口内細菌の物語 ①~④
  第12~14回目 :抗がん治療が出来ない方々 乳がんの方の物語 ①~③
  第15~16回目 :抗がん治療が出来ない方々 肺がんの方の物語 ①~②
  第17~20回目 :抗がん治療が出来ない方々 がん進行が著しく
         がん治療効果が期待できない希少がんの方の物語 ①~④

  第21~25回目 :個別化ペプチドワクチンの効きにくい方々:
                  リンパ球数の少ない方の物語 ①~⑤

  第26回目   :   〃  :血液検査でわかりますか?
  第27回目   :   〃  :血液検査でワクチン効果が分かりにくい方
  第28回目   :   〃  :遺伝子検査でわかりますか?
  第29~32回目 :原発不明がん ①~④
  第33~34回目 :小細胞肺がんの物語 ①~②
  第35回目   :がんと睡眠と免疫機能について
  第36~39回目 :若くして発がんした方の物語①~④
  第40~43回目 :がんを生きた方々の悩みとご家族の悩み①~④

 ― 第1部 ―  前 半

 第1回目 飲むがんワクチン物語マウス版 ①


  昨年11月27日号のScience誌(注1) に「ビフィズス菌(Bifidobacterium、以下BIF、
 日本では整腸剤として数剤が承認)を内服させたマウスでは、がんが縮小し、その効果は
 「免疫チェックポイント阻害剤の抗PD-L1 抗体と同程度」と報告されました。

  安全性の面からはBIF製剤の副作用は軽微ですが、免疫チェックポイント阻害剤は甲状腺や
 大腸の自己免疫病誘発等の 広範な副作用が報告されています。更に費用は、前者は月数千円と
 安価ですが、後者は月200万円程と高額です 。BIFに代表される善玉菌はヒトの健康維持に重
 要で、アレルギーを始め各種の病気予防に役立つと以前から知られております。

  しかし、BIF反応性のT細胞がマウスに移植したがんを縮小させるという報告は、私どもが
 知る限りでは初めてです。BIFがヒトのがんに効くという証拠はありません。しかし今後の
 がん治療法にとって大変興味深いものですので、次回から3回にわけて紹介いたします。

 (注1) A.Sivan et al. (2015) Commensal Bifidobacterium promotes antitumor
      immunity and facilitates anti-PD-L1 efficay. Science 350 1084-1089



 第2回目 飲むがんワクチン物語マウス版 ②


  前回の論文によりますと、ビフィズス菌(BIF)が腸にいないマウスや抗生物質で腸が
 障害されたマウスでは、免疫チェックポイント阻害剤(抗PD-L1抗体)はがんに対して
 無効でした。

  そこで、無効マウスにBIFが腸にいるマウスの便を食べさせたところ、薬効が回復し、
 更にBIFに反応するキラーT細胞をマウスに注射したところ、がんが縮小しました。最後に
 BIFそのものを飲ませたところがんが縮小し、その効果は抗PD-L1抗体と同程度の効果
 でした。

  両方を用いた場合には、がんは更に縮小しました。BIFの抗腫瘍効果ですが、まず樹状細胞
 という免疫担当細胞を活性化させ、その樹状細胞がBIF反応性でかつがん細胞を殺すキラー
 T細胞を活性化させることに起因すると報告されています。

  このようなBIFの抗腫瘍効果がヒトのがんでも起こるかどうかは全く不明ですが、腸内のBIF
 比率は子供で一番高く、20歳代では半分になり、がんが好発する60歳以上では約1/10
 まで減少します。がん細胞を殺すキラーT細胞数も年齢と共に減少します。

  次回は私どものがんワクチンとの関連性について報告いたします。



 第3回目 飲むがんワクチン物語マウス版 ③


  私どもの個別化ペプチドワクチンは、がん細胞上の目印(ペプチド)に対する特異抗体価
 を測定し、抗体価の高い順に4つ選んで、患者さんにペプチドを投与します。

  ペプチド抗体価が低い患者さんは 高い患者さんに比べて短命である事から、ペプチド抗体
 はがん制御に役立っていると推察されます。その抗体価は、ビフィズス菌(BIF)同様、子供
 の時が一番高く、加齢とともに減少していきます。

  そこで、BIFを構成しているペプチドと、私どものがんの目印(ペプチド)とのアミノ酸の
 相同性を調べました。

  その結果、31種類の大半で1ペプチド(8~10個のアミノ酸)中、5~7個アミノ酸が
 BIFの保有するペプチドのアミノ酸と一致しました。このことから、ヒトのT細胞はBIF及び
 がん細胞の両者を認識しているものの、赤ちゃんの時から生着しているBIFは攻撃せずに
 (免疫寛容)、がん細胞だけを攻撃している可能性があります。



 第4回目 飲むがんワクチン物語マウス版 ④


  腸内常在菌である乳酸菌(ビフィズス菌BIFを含む)は100年以上前に長寿者の腸内から
 分離されましたが、今回の論文で初めて、がんを認識するT細胞との関連性が明らかになって
 きました。しかし、なぜBIFは抗がん作用を発揮するのか? ヒトのがんでも効果があるのか
 どうか?は不明です。

  またBIFにも幾つもの亜株があり論文で使用されたブレーブ株・ロンガム株入りBIF製剤以外
 のBIFの抗がん作用、BIF以外の乳酸菌やそれ以外の腸内細菌の抗がん効果についても不明で
 す。

  例えば、Science 誌2015年11月27日号掲載の別の論文(1079頁)では免疫チェック
 ポイント阻害剤(抗CTLA-4抗体)の抗がん効果が、バクテロイデス・フラジルスやバクテロ
 イデス・テタイオタオミクロン、更にはバークホルデリア目に属する腸内細菌により左右する
 と報告されています。そこでは患者さんのサンプルも使っております。

  抗CTLA-4抗体のヒト悪性黒色腫での抗腫瘍効果は20%前後ですので、腸内細菌との関連
 性を更に解明すれば その効能が増強される可能性があります。



 第5回目 ヒト白血病物語 ①


  今回から急性骨髄性白血病と個別化ペプチドワクチンのお話をいたします。患者さんは、
 頻回の抗がん剤治療を受けた後に再発し、再度の抗がん剤治療後も腫瘍マーカーの増悪が見
 られたため骨髄移植を勧められましたが、若いこともあり、個別化ペプチドワクチンを希望
 されました。と言いますのは、この骨髄移植(造血幹細胞移植療法)は過酷な治療法で、
 移植された(他人の)リンパ球は患者さんの細胞を攻撃するため、白血病細胞を攻撃してく
 れることが期待できる反面、患者さんの正常細胞も攻撃されますのでいろいろな副作用が終
 生続きます(死亡される場合もあります)。

  しかし、再発を繰り返す急性骨髄性白血病の患者さんでは、他に良い治療法がないために、
 骨髄移植法を苦渋の選択として受けておられるのが現実です。

  当方では、B細胞タイプのリンパ球性白血病へのワクチンの効果に関する論文(H.Takeda
 tsu 他、 J. Immunotherapy 27: 289-297, 2004)を発表していますが、骨髄性白血病に
 対する研究や臨床経験がないことを説明しました。それでも希望されましたので、ワクチン
 投与を開始いたしました。 若くして発がんした方は免疫機能が低下している場合が多いため、
 日常生活を変えることで免疫機能を改善することが重要です。そこでワクチン治療と並行して
 普通の日常生活(快眠・快便・適度な食事・適度な運動)を推奨しました(注1)。

  その効果もあってか、体調は良好になり腫瘍マーカーも抗がん剤中止後6か月経ても開始前
 に比べて2倍以内の数値にとどまっていました。一方ワクチン投与12回後のペプチドに対する
 免疫反応には強い増強作用が見られず、ワクチン効果は遅延していました。遅延の原因は不明
 ですが、急性骨髄性白血病では、骨髄系細胞から分化する樹状細胞(ペプチドワクチンのカギ
 を握る細胞でペプチドをT細胞に橋渡しする)の機能も低下しているために遅延している可能性
 があります。また長く続いた抗がん剤治療による免疫抑制も影響している可能性もあります。
 そこでワクチン効果を増強するためメトホルミンの内服も開始しました。

  メトホルミンは糖尿病薬ですが、これを内服している糖尿病患者さんは内服していない患者
 さんよりも肝臓がんの発病が少ないということが報告され、マウスを用いた研究ではワクチン
 効果を増強する可能性がある事が報告されました(S. Eikawa 他、PNAS 112:1809–1814,
  2015)。その後については次回報告します。
  (注1)普通の日常生活を取り戻すことの大切さは「がんを生きよう~あなたのT細胞が治療の
    主役です」(伊東恭悟著、医学と看護社)に記載されています。

 第6回目 ヒト白血病物語 ②
 

  急性骨髄性白血病の若い患者さんでは、メトホルミン内服(250㎎/錠を朝夕1錠毎食後に
 内服、薬価:1錠9.6円)による副作用(下痢や低血糖など)は見られませんでした。

  内服後21日目(ワクチン13回目)には腫瘍マーカーの低下がみられ、2か月後(ワクチン16回
 目)には、腫瘍マーカーも検出限界以下(正常価)まで低下しました。またワクチン18回目では
 投与ペプチドに対する免疫反応は極めて強い増強効果を認めました。メトホルミン併用は免
 疫増強や抗腫瘍効果に役立ったと推測されます。

  しかし、その頃より仕事量が増え、普通の日常生活(快眠・快便・適度な食事・適度な運
 動)が送れない日があったようです。そのためか、上気道炎症状や腹部膨満感等がみられ、
 かかりつけ医より腫瘍マーカーが再び増悪傾向であることを指摘されました。そこで再度仕
 事量を減らした結果、マーカーは一旦低下しました。

  しかし、白血病細胞は正常な造血細胞と比べて増殖(細胞分裂)が速いわけではなく、むし
 ろ増殖の速度は遅いために一時的にマーカーが低下しても、遅れて白血病細胞が血液中に出て
 くる心配があります。そこで新しい対策を立てておきました。次回は、ヒト白血病物語最終回
 です。


 第7回目 ヒト白血病物語 ③
 
 
  その対策とは、シクロホスファミドという急性白血病でも承認されている抗がん剤を少量
 (50㎎/錠を朝夕1錠毎食後に内服、薬価:1錠42.3円)7日間だけ、腫瘍マーカーが急増悪した
 時に内服する併用療法です。

  この用量・用法では、抗がん剤効果は期待できませんが、がん免疫を抑制するT細胞を抑え
 ることが期待されます。個別化ペプチドワクチンでも、がん腫によってはワクチン効果の増
 強が得られています。シクロホスファミドとの併用療法は急性骨髄性白血病では初めてです
 が、この方法以外に「効果的で副作用が少なく安価」な可能性のある併用療法が考案できま
 せんでした。

  しばらくして、ご本人から腫瘍マーカーが急増悪したのでシクロホスファミドを内服する
 との連絡がありました。ワクチン22回目投与予定の7日前です。そして7日後に受診されまし
 たが、腫瘍マーカーも、その時には正常価(検出限界以下)まで低下していました。
  
   現時点で、初回受診日から15か月、抗がん剤中止からは17か月以上たっていますが、
 この間、体調も良好で大きな副作用もなく、仕事にも復帰されています。この病気に対して
 は、通常は強力な抗がん剤を用いた化学療法が長期間繰り返し実施されますので、その副作
 用も強く、抗がん剤による2次発がんの危険性もありますので、抗がん剤を17か月受けてい
 ないことは意義深いことです。

  骨髄移植法という他人のT細胞の力でのがん細胞抑制に代わって、本来の自分のT細胞の力
 を復活させるワクチン療法にてがん細胞を制御する時代が到来することが望まれます。

  

 第8回目 膵臓がんと口内細菌の物語 ①


  今年の米国がん治療学会で、「ある種の口内細菌が検出されるヒトは膵臓がんが発症
 しやすい」という大変興味のある発表がありましたので紹介します(1)。
  ご存知のように膵臓がんはもっとも予後不良のがんの一つとして恐れられております。

  膵臓がんに罹患しやすい因子(危険因子)としてこれまで喫煙・糖尿病・膵臓がんの家族歴
(親・兄弟に膵臓がんの方がいること)、膵のう胞、慢性膵炎等が知られていました。
 また膵臓はいろいろな消化酵素やインスリンを分泌しますので、過度な飲酒、糖分・肉類・
 脂肪分の取りすぎ、更には歯周病が危険因子として報告されております。他のがんと同様に
 60歳を過ぎた頃より発病者が増加しますので、免疫機能の低下も関係しております。

  今回発表された研究では、口内細菌のうちどのタイプに感染している健常人が、その後
 膵臓がんを発症しやすいかを調査して報告しております。

  その結果、P.gingivalis (ポルフィロモナス・ジンジバリス)という嫌気性細菌が検出された
 人は1.59倍に、A.actinomycetemcomitans (アグリゲイティバクター・アクチノミセテム
 コミタンス)という嫌気性細菌が検出された人は2.19倍に発がんリスクが増加したと報じて
 おります。どちらも歯周病の原因菌としてよく知られております。

  まず、P.gingivalisの特徴ですが、以下京都大学医学部細菌学教室のWeb情報から抜粋させて
 いただきます。本細菌は歯周病の病巣局所からのみならず動脈硬化症病変などからも分離が
 報告されており、全身疾患にも関与している可能性も指摘されております。

  この細菌は酸素があると増殖できず、また糖類を利用できないのでアミノ酸を必要とし、
 口臭の原因にもなっています。歯と歯肉との隙間(いわゆる歯周ポケット)は酸素濃度が低い
 ので、この細菌が多く住んでいます。

  近年この菌は免疫系からのユニークな回避機構をもつということが報告されました(2)。
 次回以降に記載しますが、これらの菌増殖の微小環境は、嫌気性、免疫回避等の観点から
 膵臓がんの増殖環境と類似しております。

 (1) Certain Oral Bacteria May Be Associated With Increased Pancreatic Cancer Risk
   by Fan et al  2016 AACR Annual Meeting (Abstract 4350)
 (2)Porphyromonas gingivalis manipulates complement and TLR signaling to uncouple
   bacterial clearance from inflammation and promote dysbiosis.
   Maekawa T et al., Cell Host&Microbe, 15, 768-778 (2014)


 第9回目 膵臓がんと口内細菌の物語 ②


  次は、A.actinomycetemcomitansの特徴ですが、嫌気性グラム陰性桿菌であり、やはり
 歯周病原細菌として知られております。大きな特徴は免疫系に対して毒性を持つことです。

  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、リンパ球芽球化を抑制する
 免疫抑制因子、単球と多形核白血球(顆粒球)に対しての殺作用、多形核白血球の機能阻害、
 補体系による病原体排除機構に対する抵抗性などの多様な免疫毒性があると記載されており
 ます。

  そして限局型侵襲性歯周炎の病巣から比較的高率に検出され、血清の抗体価も高いこと
 から、侵襲性歯周炎の病原細菌と考えられています。この菌の増殖環境も、膵臓がんの増殖
 環境と類似しております(嫌気性、免疫からの回避、浸潤性)。

  地球上には3.7×1030種類もの微生物が存在するといわれていますが、その中で発がん性
 があるといわれている微生物はこれまで数えるほどしか報告されていません(ヒトパピロー
 マウィルス、エプシュタインB-ウィルス、B型肝炎ウィルス、C型肝炎ウィルス、ヒトT細胞
 白血病ウィルス、ヒト免疫不全ウィルス、ピロリ菌など)。

  今後もっと多くの微生物で発がん性が証明される可能性があります。 今回、取り上げた
 口内細菌による膵臓がんの発がん性についても今後の課題です。調べたサンプル数が、調査
 後に膵臓がんになった361例と、ならなかったコントロール群371例と比較的少ないにも
 かかわらず、この学会発表を「がんを生きよう」で取りあげた理由は、膵がん細胞と2つの
 口内細菌の増殖環境が類似していることです。

  次回、膵がん細胞と口内細菌の関連性について掲載します。


 第10回目 膵臓がんと口内細菌の物語 ③


  膵がん細胞と今回の2つの口内細菌の増殖環境の類似性として、嫌気性と免疫回避(免疫
 抵抗性)や浸潤性が挙げられます。膵がん細胞は、酸素の少ない環境で緩徐なかつ留まる
 ことのない増殖パターンを示します。

  がん細胞の周囲にはT細胞やほかの免疫担当細胞がいないか、いてもごくわずかです。糖分
 をそれほど必要としませんので、多数の腫瘍血管を必要とせず、PET検査(がん細胞が活発に
 糖を取り込む性質を利用し、糖に近い成分を体内に注射して、全身を撮影する方法です。)
 では、低い放射線量しか示さず、がん診断の誤りや見逃しを招く場合があります。

  これらの腫瘍環境のため、抗がん剤や分子標的治療薬も到達し難く、さらには、各種免疫
 療法にも低い感受性を示すと考えられております。そのため予後がとても悪いがんの代表と
 なっております。 今回取り上げた報告以外に、膵臓がんと感染症についての報告は調べた
 限りでは見つかりませんでした。

  しかし、強酸性の胃の中に微生物などいないと、ついこの間まで言われておりましたが、
 実はピロリ菌が存在して、胃炎、胃潰瘍、胃がんの原因になっていることが判明しました。
 膵管と胆管は合流して胃に続く十二指腸に開口しており、食べ物の消化酵素を分泌します。
 胆管炎には細菌感染や寄生虫感染が関与していることが報告されておりますので、膵臓炎に
 も細菌感染が関与していても不思議ではありません。膵がん細胞は膵管を構成する外分泌腺
 細胞のがん化した細胞です。

  もしも膵管周囲に前述の2つの口内細菌が増殖している場合には、増殖環境が類似してお
 りますので、膵がん細胞の発生や増殖促進に関与しているかもしれません。但し、今回発表
 した著者が述べていますように、この2種類の細菌が膵がんを発症させるかどうかは、今後の
 研究課題です。

  「膵臓がんと口内細菌の物語」の最終回は当方ワクチンセンターでも実施しているがん治
 療の副作用に伴う口内炎への対策を記載します。


 第11回目 膵臓がんと口内細菌の物語 ④


  抗がん剤(分子標的薬を含む)は正常の粘膜細胞のみならず口腔内や腸管内の常在菌に対し
 ても傷害作用がありますので、口内炎や胃腸炎がよく併発します。とくに、イリノテカンの
 抗がん剤やイレッサやタルセバ等の肺がんに対する分子標的薬では口内炎が高頻度で発症し
 ます。

  口内炎による痛みで食事摂取が困難になり、また味覚異常も出現するため食欲が細り、ワ
 クチンへの反応性も低下します。従って、当方ワクチン外来では、そのような方に各種の口
 内炎治療薬とともに、漢方薬のうち半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)を奨めております。

  半夏瀉心湯は多くの方の口内炎に有効であることが知られております(がん漢方:北島政
 樹監修、今津嘉宏編、南山堂)。口内炎は前述の口内細菌のみならず多様な細菌が増殖し、
 虫歯や歯周病を悪化させます。半夏瀉心湯には痛みを抑える作用があるのみならず、それに
 含まれる黄連の主成分であるベルベリンには抗菌作用が報告されております。

  従って、半夏瀉心湯を口に含みますと、アフター性口内炎や潰瘍性口内炎での腫れや痛み
 が10分くらいで和らぐのがわかります。これまでの経験では大多数の患者さんで、その効果
 が確認されています。服用法ですが、2.5g入りの1包を微温湯30~50㏄に溶かして、数分
 かき混ぜます。

  微粒成分が溶けたことを確認してから10~15㏄を口にふくみます。そして痛みや腫れのあ
 る個所にいきわたるように舌で調整しながら5分ほど口腔内にとどめます。その後は、飲み込
 むか、うがい薬のように吐き出してもらいます。漢方薬が苦手な方や特別の理由のある方以外
 には、胃炎にも有効ですので、飲み込んでいただきます。

  また、アフターや潰瘍が強い時には、半夏瀉心湯1包(2.5g)を20~30㏄程の微温湯に
 よく溶いてからティッシュペーパー一枚をいれて、よく沁みこませます。その後、お箸などで
 口内にいれて、アフターや潰瘍の患部にかぶせるように置き、5分ほど口を閉じて患部に漢方
 薬成分が長く作用させます。

  薬効は濃度依存性ですのでこの方法は即効性があります。5分ほどすると希釈され、また
 会話ができないなど不都合が生じますので、いったんティッシュペーパーを残りの薬湯に戻
 します。その操作を幾度か繰り返してもらいます。

  体表面の潰瘍には患部に薬剤を塗布してガーゼを覆うことで効能を期待できますが、口内
 ですとうまくいきませんので、このティッシュペーパー法を、家庭でも簡単にできる方法と
 して、推奨しております。 歯周病予防には、毎食後の口腔ケアが不可欠です。

  今回取り上げた2種類の嫌気性細菌付着を防ぐにも適切な口腔ケアが不可欠です。歯間ブラ
 シも欠かせません。虫歯、歯肉の腫れ、痛みのある方は、毎食後10分以内に口腔ケアを開始
 することを推奨します。なぜならば口内細菌はわずか10分で2倍にも増殖できる能力を持って
 いるので、咀嚼された食べ物(栄養分)がくると待ってました!とばかりに増殖を開始する
 からです。

  そして、腫れや痛みのある方には、口腔ケアの仕上げとして 半夏瀉心湯をお勧めします。
 このお薬のお値段(薬価)は 27.3円/gです。一包2.5gでは69円、1日量の3包7.5gでも
 207円と安価です。漢方薬のお店(最近ではデパートでも入手)では、すこし割高のようです
 が、それほど高額ではありません。

  まとめですが、今回、米国癌治療学会で膵臓がんの発症リスクとして、歯周病の起因菌で
 ある2つの口内細菌が報告されました。適切な口腔ケアは万病の予防と古くから言われており
 ます。すい臓がん予防にも大切であると思われます。
 

  次回からは「抗がん治療ができない方々の物語」です。


 第12回目 抗がん治療が出来ない方々 < 乳がんの方の物語> ①


  現在の標準的な抗がん治療は、手術、放射線治療、抗がん剤(分子標的治療薬やホルモ
 ン剤を含む)から成り立っております。私どもがんワクチンセンターには、抗がん治療中
 に重篤な合併症を併発し抗がん治療を断念せざるを得ない方、元来の合併症のために抗がん
 治療が出来ない方、がんの進行が著しくがん治療効果が期待できない方々が多数受診されま
 す。

  今回は、そのような理由で抗がん治療を断念せざるを得なくなりワクチンを希望された
 方々を取りあげます。 まず最初に、抗がん剤にて重篤な合併症を併発し、抗がん治療を
 中止された乳がんの方の物語を紹介いたします。

  この方は3年半前に早期乳がんにて片方の乳房温存手術を受けられましたが、病理診断にて
 ホルモン剤や分子標的薬の適応にならない乳がん(triple negative 乳がん(注1)、以下
 TN乳がんと記載)と診断されました。TN乳がんの治療法は骨髄抑制を伴う抗がん剤や放射線
 治療のみに限定されますので、再発や治療抵抗性になりやすく予後がよくないタイプの乳
 がんに分類されております。

  (注1)トリプルネガティブ乳がんとは、エストロゲン受容体・プロゲステロン受容体・
 HER2の3つが腫瘍細胞に発現していない(ネガティブ)乳がんのことを呼んでいます。
 
  このタイプの乳がんは、ホルモン療法もHER2を攻撃する分子標的薬も効かないので、
 一般的に予後が悪いと言われています。 更に、この方には、手術でのがんの取り残しや浸潤
 性タイプという進行の早いがん細胞の可能性がありましたので、早々に、抗がん剤と放射線
 の併用治療を受けられました。

  しかし、困ったことに、治療開始後半年してがん治療による器質化肺炎を伴う閉塞性細気
 管支炎(ここでは間質性肺炎と記載)を発症いたしましたので、抗がん治療を中止して、
 ステロイド剤の長期間投与が開始されました。そして、まもなく、がんのリンパ節転移が
 見つかりました。

  しかし、間質性肺炎の治療としてステロイド剤内服中であるために、抗がん剤や放射線に
 よる抗がん治療が出来ない状況でした。そこで当方の個別化ペプチドワクチン希望にて受診
 されました。 当方ワクチンでの治療抵抗性TN乳がんに対する研究結果(注2)では無増悪
 生存期間(ワクチン開始日から増悪と診断されるまでの期間)と全生存期間(ワクチン開始
 日からお亡くなりになるまでの期間)の中央値は7.5カ月と11.1カ月であることを説明しま
 した。

  また、その場合大多数の方ではワクチンと抗がん剤(ホルモン剤や分子標的薬を含む)
 との併用治療をされていることやステロイド剤の長期投与症例ではワクチン効果が遅延もし
 くは得られない可能性のあることも説明いたしました。それらのことをご了解いただいた上
 で、ワクチン療法を開始させていただきました。初診時につきましては次回記載いたします。
(注2)Takahashi R., et.al:Breast Cancer Research. 16:R70、2014


 第13回目 抗がん治療が出来ない方々 < 乳がんの方の物語> ②


  初診でお見えになった時の診察にて、心窩部と右胸脇部圧痛を認め、舌裏静脈の怒張が
 特徴的でした。漢方医学では舌裏静脈の怒張は血液の局所循環障害(瘀血)と診断されます。
 また血液データでは、低蛋白血症、高コレステロール値、低甲状腺刺激ホルモン値、及び白
 血球中の好中球比率が高いなどの異常所見がありました。これらより、内服されていた各種
 の民間薬はすべて中止し、駆瘀血作用のある漢方薬3剤合方(桂枝茯苓丸・当帰芍薬散・通導
 散)と病後の体力増強のための漢方薬(十全大補湯)を併用して内服していただきました。

  この駆瘀血作用のある3剤合方は、駆瘀血剤と難治性疾患の研究をされた山本巌先生の著
 書(山本巌の臨床漢方、南山堂)を参考にしております。山本先生は、この合方を他に有効
 な治療法がない悪性腫瘍や自己免疫病などの局所病変部の血流改善に推奨しております。

  この方では、慢性の瘀血病変を有する難治性乳がんと難治性間質性肺炎が見られることに
 加えて、ステロイド剤の長期服用による副作用と思われる症状や所見もありましたので、早
 期のステロイド離脱も目標として、4剤組み合わせて処方いたしました(個々の漢方薬は
 5g/日、合計20g/日)。

   漢方薬を内服されてから14日目に初回ワクチン投与のために受診されましたが、よく眠れ、
 食欲も出てきて体調が回復したと喜んでおられました。この漢方薬(4剤の組み合わせ)が病
 態改善に貢献したことになります。その後は、がんワクチンも開始となりましたが、1年以上
 にわたり一度も体調を崩すこともなく、過ごされております。

  この方のように、西洋医学に基づいた治療法(抗がん剤や放射線治療など)が適用できな
 い方にも、東洋医学由来の治療法(漢方薬など)は適合します。 体調が良好なために、ペプ
 チドワクチン投与も順調にすすみ、1クール8回投与後には、念願の海外旅行も楽しまれてお
 ります。この間、腫瘍マーカーの若干の増悪が見られましたが、幸いにも病態は安定し、投
 与ペプチドワクチンに対する免疫反応増強もしっかりとみられました。

  ワクチン投与2クール目以降の経過につきましては次回報告いたします。


 第14回目 抗がん治療が出来ない方々 < 乳がんの方の物語> ③


  ワクチン投与2クール目受診時に、投与部近傍のリンパ節近くに痛みを伴う腫れを訴えられ
 ました。この方には、ホルモン剤を含む全ての乳がん治療薬が使えませんので、増悪予防の
 ためのメトホルミン内服をおすすめしました。

  メトホルミンは、第5回の白血病物語でも紹介しましたが、経口糖尿病薬です。この薬を内
 服している糖尿病患者さんは内服していない患者さんよりも肝臓がんの発病が少ない事と
 マウスを用いた研究ではワクチン効果を増強する可能性がある事が報告されました。(注3)

  メトホルミン(250㎎/錠を朝夕1錠毎食後に内服、薬価:1錠9.6円)による副作用(下痢や低
 血糖など)は見られませんでした。内服後1カ月程して腫れが小さくなり、11回目ワクチン投
 与時には、痛みも消えました。そのころより腫瘍マーカーも下がり始め、喜ばしいことに間
 質性肺炎症状もみられないために長期間内服しているステロイド剤も1㎎/日まで減量できる
 ようになりました。

  そして、2クール目の終了時(合計16回投与)には、念願のステロイド剤中止が達成で
 きました。また投与ペプチドに対する免疫反応にも強い増強効果が見られるようになりまし
 た。現在まで、合計20回のワクチン投与をうけておられますが、体調を崩すこともなく、
 普通の日常生活を過ごされております。この時点で、最初のワクチン投与日から14 か月を
 経ております。つい最近の検査では腫瘍マーカーがほぼ正常化し、腫瘍も縮小傾向です。

  当方のワクチンの場合には12回投与前後から臨床効果が出現する場合がよく見られます。
 従ってその少し前から開始したメトホルミン内服がどの程度、免疫反応増強やがん細胞制御
 に役立ったかは定かでありません。但し少ないとも 漢方薬・個別化ペプチドワクチン・メ
 トホルミンの3者併用により、長期にわたりがん制御が達成できております。

  まとめますと、この方は抗がん剤や放射線治療を受けることなく、一年以上にわたり、元
 気に生活されており、かつ、副作用の多いステロイド剤内服から離脱することができており
 ます。既存の抗がん治療ができなくとも、がんワクチンにより活性化させた自分のT細胞の力
 で、がん制御が出来ている方と思われます。

  そのがんワクチンの働きを補強するために、病態を改善する漢方薬・メトホルミンが手助
 けしていると推測されますが、何よりも普通の生活(快眠・快便・適度な運動と適度な食事)
 を守っておられることががんの制御に大きく貢献しております。

  この方以外にも、抗がん治療にて重篤な合併症を併発し、抗がん治療を断念せざるを得ない
 方が多数おられます。その方々は、「がんを生きよう:あなたのT細胞が治療の主役です」
 (伊東恭悟著、医学と看護社出版)でも紹介しております。「禍を転じて福となす」ことは、
 不可能ではありません。何故ならば、現状の抗がん治療には多くの欠点(免疫細胞などの正
 常細胞障害、薬剤抵抗性によるがんの再発)などがあり最上の治療法ではないからです。
 自分のT細胞機能を復活させてがん細胞を制御することが最上の治療法ですが、個々人に
 よって異なりますし、まだ医薬品として承認されていません。

   次回から「抗がん治療を受けることが出来ない方々:肺がんの方の物語」について掲載
 予定です。

  (注3)S. Eikawa 他(2015):PNAS 112: 1809–1814


 第15回目 抗がん治療が出来ない方々 < 肺がんの方の物語> ①


  今回は、元々ある合併症のため抗がん治療が出来ない肺がんの方の物語です。この方は
 以前より肝硬変症で加療中でしたが、腫瘍マーカーの増大を契機に精密検査したところ、
 進行性肺がん(stage IIIc)及び特発性肺線維症と診断されました。そして、このままでは
 肺がんで余命1年位と宣告されました。また、進行肝硬変症のために胃食道静脈瘤破裂を
 2回経験しておられます。

  初診の大学病院では肝硬変と特発性肺線維症という2つの活動性の合併症のため、肺がんに
 対しては、手術、放射線、抗がん剤治療のいずれも適応なしと宣告されました。そのために
 治療法を求めて、8か所もの大学病院を受診もしくは問い合わせをしましたが、すべての大
 学病院で治療法無しといわれております。それでもなんとか長生きしたいという強い希望が
 あり、かなり遠方からですが、久留米大学でのがんワクチン外来受診となりました。

 「がんを生きよう:あなたのT細胞が治療の主役です」(伊東恭悟著、医学と看護社出版)
 でも取り上げた方です。 初診時の所見では動作時呼吸苦や咳や痰などの症状が認められまし
 たが、一般状態は比較的良好でした。血液検査では血小板減少症、軽度肝機能異常、KL-6
 高値(特発性肺線維症のマーカー)及び腫瘍マーカーが高値でした。これらの所見から肝硬
 変、特発性肺線維症、及び肺がんのいずれの病気も活動期にあることがわかります。

  血小板減少症や動作時呼吸苦があり、遠方からの頻回通院により体調悪化を招く恐れがあ
 りましたので、念のため久留米市内の病院に入院して頂き、そこからの通院とさせてもらい
 ました。 入院されながらのワクチン投与8回(1クール)でしたので、体調を崩すこともな
 く、ワクチン投与後の免疫反応も良好であり、腫瘍マーカーも軽度な増強を示すのみでした。
 合併症の肝硬変と特発性肺線維症も増悪がみられませんでした。

 その後の経緯については、次回掲載いたします。


 第16回目 抗がん治療が出来ない方々 < 肺がんの方の物語> ②


  ワクチン投与1クール終了後には、遠方からですが、ご自宅からの通院も可能となるほど
 病態も安定し、投与ペプチドワクチンに対する免疫反応も極めて良好になりました。また、
 3クール(24回投与)終了時(開始後1年半)に至っても画像上でも腫瘍マーカーやKL-6
 データでも増悪していない安定した状態が続きました。

  ワクチン以外の治療をされていないことや免疫反応が良好であることから、ワクチン投与
 ががん制御に貢献したと判断されます。肺がんへのワクチン投与は3クール(24回投与)
 にて終了となりますが、しかしながら、ワクチン継続の強いご依頼がありましたので、継続
 して投与させていただくことになりました。

  その後ですが、継続投与後も病態に大きな変化はなく、4週毎のワクチン投与のための
 通院も順調に経過しておりました。しかし、ワクチン開始後2年を過ぎたころより慢性副鼻腔
 炎や上気道炎を併発するようになり、その都度、抗生物質や各種漢方薬にて対応いたしまし
 た。ワクチン効果は長期間持続しますので、天候悪化などの際には無理をして来院されない
 でくださいと常々申し上げておりましたが、大変律儀な方で、必ず4週毎に必ず受診されて
 おりました。

  しかし、ある時に、羽田空港閉鎖の寒波に遭遇して空港内に終日留まったことが上気道感
 染症誘発の引き金となりました。 そして、ワクチン開始後3年余になり特発性肺線維症が増
 悪したために、特発性肺線維症治療薬として開発された免疫調節剤を内服されるようになり
 ました。

  この免疫調節薬は、IL-10 というサイトカインの産生を促し、一方インターフェロンという
 T細胞から分泌されるサイトカイン(がん細胞を排除するために必要です)産生を抑制します。
 従って、副作用としてがん細胞に対するワクチン効果を抑制する可能性が高く発がん性が懸念
 され、この方のようにがん治療中の方ではがん増悪が懸念されました。

  残念ながら心配していたように、急激に肺がんの増悪が見られ肺炎も併発して、ワクチン
 開始後3年3か月で永眠されました。(なお、念願であった息子さんの結婚式に出席できたの
 は、ワクチンのおかげと信じておられました)

  まとめますと、この方は、抗がん剤投与歴がありませんでしたので、ワクチン開始早期か
 ら強い免疫増強がみられ、その後、更なる免疫増強が続きました。ワクチン投与期間は3年以
 上、投与回数も50回近くに及びましたが、抗がん剤や放射線治療が一度も実施されませんで
 した。また特発性肺線維症へのステロイド剤も最小限であったために免疫抑制はありませんで
 したので、ワクチン単独療法にて3年以上、食欲も落ちることのない日常生活を送っておられ
 ました。T細胞によるがん制御に貢献したと判断されます。

  次回からは、「がん進行が著しいためがん治療効果が期待できない希少がんの方の物語」を
 掲載します。


 第17回目 抗がん治療が出来ない方々
   がん進行が著しくがん治療効果が期待できない希少がんの方の物語 ①


  今回は、数百万人に1人しか罹患しない非常に希な脳神経の悪性腫瘍の物語です。鼻の中の
 上方に発生するため、鼻出血などで受診されることが多く、比較的緩やかに増殖する場合が多
 いようですが、腫瘍の増大に伴い、嗅覚障害、頭痛、視力障害などが出現し、生活の質が大き
 く低下します。

  この方の場合、最初の手術後1年たってから腫瘍の再発が認められましたが、非常に希な
 がんですので治療法が確立していないこともあり経過観察のみをされておられました。しかし
 再発から数年してから症状が出現したために、抗がん剤治療(2剤併用)を受けましたが、
 その甲斐もなく、急速にがん進行がみられ、片方の眼球突出を伴う大きな顔面腫瘤と視力低下
 があり、絶えず痛みが強く鼻出血も頻回に出現しました。

  そのために次のがん治療法が見いだせない事態になり、失明に近い状態(ぼんやり明かりが
 見える程度)、頭部圧迫感、持続する腫瘍痛、鼻出血や鼻汁、胃部不快感のため「がん治療へ
 の希望を失っておりました(ご主人のお話し)。そこで、ご主人の強い意思で当ワクチンセン
 ターにご一緒に不退転の気持ちで来院されました(ご主人のお話し)。一方、ご本人は、ワク
 チンを受ける気持ちがないために、当方との会話が通じないほどでした。その為、初診時に
 は、随分長く診察時間を要しました。

  血液検査では、強度の貧血(鼻出血による)、高ALP価(腫瘍による骨破壊)、高コレステ
 ロール値(脂肪成分の多い食べ物が好き)が認められました。これらの初診時の診療結果より
 腫瘍性鼻出血を止めることが緊急課題であることが判明しました。しかし、止血作用のある西
 洋医学薬は使用しているにもかかわらず止血効果がない状態でした。

  そこで、4種類の漢方薬を内服していただきました。芎帰膠艾湯(止血作用が期待できる)
 ・通導散(除痛とがん局所血流改善が期待できる)・十全大補湯(貧血改善が期待できる)・
 半夏瀉心湯(胃部不快感に有効性が期待できる)です。通常診療ではこれら4剤(各7.5グラ
 ム/日、1日3回)の処方は保険適応外となりますが、緊急を要する病態である事から処方させ
 ていただきました。漢方薬はそれほど高価でないので4剤を2週間分内服された場合(保険外
 でも)でも1.5万円前後です。

   投与前の免疫検査では、31種類のペプチド候補に対して7種類のみ陽性であり、そのなかで
 血液型(HLA型)に見合って投与できるワクチンは3種類のみでした。これは、抗がん剤による
 免疫抑制の影響と思われます。推測ですが、この方のがん細胞には、抗がん剤が無効であり、
 むしろ、副作用の免疫抑制が強く発現したとも思われます。緩徐な増殖をするがん細胞には、
 抗がん剤の有効性はあまり期待できず、慎重な抗がん剤の用量・用法が求められます。

  しかしながら、この方の場合、数百万人に1人しか罹患しない非常に希な脳神経の悪性腫
 瘍ですので、標準治療法が確立されておりません。 初回のワクチンについては、次回報告い
 たします。


 第18回目 抗がん治療が出来ない方々
   がん進行が著しくがん治療効果が期待できない希少がんの方の物語 ②


  2週間後に初回のワクチン投与のため受診されました。ご本人の話によりますと、4剤の
 漢方薬は全て内服でき、一日3回の大便があるものの(通導散には大黄と芒硝という下剤が
 はいっています)それ以外の副作用はなく、頭部圧迫感・右眼球部の腫れ・腫瘍部の痛め・
 鼻出血・胃部不快感の全てが改善したとのことでした。一方、鼻汁は相変わらずで、視力は
 低下傾向とのことでした。

  お話しをお伺いしてから私のほうで、「それでは一番つらいのは眼が見えないだけですね」
 と申し上げたところ、しばらくじっとされてから、大声で笑い始めました。それまでは、細
 くかつ投げやりなお声でしたので、私どもスタッフだけでなく、ご主人もびっくりされまし
 た。そして、大きな声ではっきりと「メガミエナイダケナンダ、ハハハ」と幾度か繰り返さ
 れました。

  そして、このエピソードがあってから明朗で笑顔を絶やさない会話が続きました。 2回目
 のワクチン投与(初回投与から2週間後)においでになった時には右頸部リンパ節の腫れが
 見られるようになり、そのために頸部や肩の鈍痛を覚えるとのことでした。その周辺に初回
 のワクチン皮下投与しており、その副作用の可能性がありました。

  通常は1回のみでは投与部皮膚反応は見られませんが、この方の場合、初回ワクチン投与
 後3日目に突然発熱され、その翌日には解熱しておりますし、また鼻出血の際に出血塊がで
 たといわれておりましたので、ワクチンと漢方薬の併用が関与している可能性もありました。
  更にその2週間後(ワクチン投与3回目)に受診された際に、鼻汁・鼻出血がやや多くなり、
 疲労感が強くなったといわれました。一方、胃部不快感はほぼ消失し食欲も回復しておりま
 したので、4剤のうち半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)を中止して、荊芥連ぎょう湯(けいがい
 れんぎょうとう:蓄膿症や慢性鼻炎に効果が期待できる)に変更させていただきました。

   そして、その2週間後(ワクチン4回目)に、受診された時には、体調が回復して、鼻汁
 が一度だけ多量に出た後は、出血も鼻汁も収まりましたといわれました。また右頸部リンパ
 節の腫れも軽減しておりました。これらより、がんによる合併症の軽減に荊芥連ぎょう湯が
 効力を発揮した可能性がありましたので、継続処方といたしました。 5回目ワクチン以降に
 ついては、次回に掲載いたします。


 第19回目 抗がん治療が出来ない方々
   がん進行が著しくがん治療効果が期待できない希少がんの方の物語 ③


  5回目ワクチンを受診されるまでの2週間の間に、5回ほど鼻出血があり、倦怠感が強く
 なったとのことでした。また、腹診で、心窩部の圧痛が再発したのみならず、右下腹部圧痛
 も見られました。これらより、がん局所循環障害(漢方では、瘀血と記載されます)が強ま
 り、結果としてのがん増悪が示唆されました。

   これらから、これまでの漢方薬では効能が限定的と判断された一方で、がんワクチンの抗
 がん効果はまだ期待できる段階ではありません。がんワクチンの場合には、少なくとも6回
 以上の投与が必要です。そこで、これまでのエキス剤としての漢方薬4剤併用を中止して、
 血府逐瘀湯(注1)という、駆瘀血作用の強い煎じ薬を処方させていただきました。

  この漢方薬は、駆瘀血漢方薬研究をされておられた山本巌先生の学説にそって処方いたし
 ました(山本巌の臨床漢方。福富稔明・坂東正造編著。メディカルユーコン社)。保険外適
 応ですが28日分で1万3千円位ですのでそれほど高額とは言えない漢方薬です。血府逐瘀湯
 (一日180ml、分2)に加えて十全大補湯(貧血改善が期待できる)1日5gを1日2回と
 通導散1日2.5gを1日1回を合方としました。

  血府逐瘀湯を内服して2週間後(6回目ワクチン投与)に受診された時には、顔色良好で倦
 怠感も減少し体調回復がみられ、鼻出血もほぼ止まっていたとのことでした。これらから、
 血府逐瘀湯が著効を示したと判断されましたので継続処方といたしました。 ワクチン6回投
 与後の免疫反応は、投与ペプチドに対しては、緩やかな増強反応のみ示しましたが、非投与
 ペプチドに対する抗体反応が大幅に出現しておりました。
 
  注1)血府逐瘀湯:Webからの血府逐瘀湯 中医学解説を記載します。

  
 
【効能】

  活血化瘀・理気止痛・補血
 【適応症】  
 血瘀の症状は、頑固な固定性の鈍痛や刺痛(頭痛・胸痛・胸脇部
 痛・腰痛・四肢痛など)・夜間に増強する傾向があります。慢性的
 に反復する出血(鼻出血・歯齦出血・吐血・喀血・血便・血尿・
 不正性器出血・皮下出血など)・腫瘤(肝腫・脾腫・子宮筋腫・
 卵巣のう腫・腹腔内血腫・外傷後の血腫など)・顔色がどす黒い・
 口唇や爪が暗紅~青紫色・皮膚がかさかさしてつやがない・色素
 沈着・小血管の拡張・クモ状血管・静脈怒張などがみられ、肩こ
 り・のぼせ・ゆううつ感・いらいら・健忘・寝つきや寝おきが悪
 い・動悸・乾嘔・口渇があるが飲みたくない・冷え・微熱・便秘
 あるいは便の回数が多いなどの症候をともなうことが多々あります。
 女性では月経痛・月経のおくれ・暗紅色の月経血で凝塊がまじる・
 無月経などがみられます。舌質は暗紅~青紫でオ点やオ斑がみられ
 ることがあります。舌は湿潤・脈は細渋あるいは沈細。


 【類方比較】
 桂枝茯苓丸:下焦の血瘀に用いる代表処方
 桃核承気湯:下焦の血瘀で便秘がある場合


 【解説】  
 活血祛瘀の桃仁・紅花・当帰・川芎・赤芍・牛膝で血瘀を除き、
 行気の柴胡・枳殻が活血を補助します。
 桔梗は上行で牛膝は下行に働き、効果を全身に効果を全身におよ
 ぼし、滋陰の生地黄と養血の当帰の配合により、祛瘀しても陰血を
 損傷せず、甘草は諸薬を調和します。


 【治療の現場から】  
 ★食欲不振、元気がない、疲れやすいなどの気虚の症候が強けれ
 ば、加味帰脾湯・六君子湯・補中益気湯:などを合方します。

  桂枝茯苓丸:下焦の血瘀に用いる代表処方
  桃核承気湯:下焦の血瘀で便秘がある場合

 ★腎虚の症状があれば、六味丸や八味地黄丸などを合方します。


 【使用上の注意】  
 冠脉通塞丸は妊娠している人には、用いてはいけません。

 【臨床応用】
 狭心症・冠不全・慢性頭痛・偏頭痛・不眠症・胸痛・肋間神経痛・
 脳血管障害・脳外傷後遺症・眼底出血・アレルギー性紫斑病・慢性
 肝炎・肝硬変症・慢性胆のう炎・尿路結石・胃十二指腸潰瘍・血栓
 性静脈炎・月経困難症・無月経・産後の胎盤残留・不正性器出血・
 出血性メトロパチー・骨盤内血腫・打撲による血腫・DICなどで、
 血瘀の症候を呈するものに使用します。


  投与前検査では、31種類のペプチド候補に対して7種類のみ陽性であり、そのなかで血液型
(HLA型)に見合って投与できるワクチンは3種類のみでした。それが6回投与時には、18種類
 ものペプチドに対して抗体陽性反応が出現し、血液型に見合って投与できるワクチンも8種類
 まで増加しておりました。従って漢方薬により病態が改善され生活の質が向上したために、
 抗がん剤で抑制されていた本来の免疫機能が回復したと評価されました。 ワクチン7回目以
 降については次回(最終回)掲載します。


 第20回目 抗がん治療が出来ない方々
   がん進行が著しくがん治療効果が期待できない希少がんの方の物語 ④


  7回目のワクチン投与においでの際に、ご本人はお元気でしたが、ご主人が骨折されギブス
 をまかれておりました。理由をお聞きしますと、ご主人が夜間トイレに起きた際に階段を踏
 み外し、(一過性ですが)意識喪失及び記憶喪失をおこしたとのことでした。「私は目はみ
 えませんが、音は聞こえるので、直ぐに救急車を呼んで、主人の一命が助かりました。びっ
 くりしました。・・・・主人は高血圧なので、どのような漢方薬が良いか教えてください」
 と話されました。ご主人には、黄連解毒湯(高血圧への効能が期待できる)1日5g2分を
 お勧めしました。

  7回目から12回目までのワクチン投与は、比較的順調に経過しました。但し、肝機能障害
 が途中で出現して、血府逐瘀湯を一時中止していただきました。血府逐瘀湯(180mL/日)
 には、1日2回内服した場合生薬11種類で、合計90g/日の煎じ液成分が含まれておりますの
 で長期間内服の場合肝機能障害などの副作用が起こりやすいといえます。そこで中止いたし
 ました。

  しかし、血府逐瘀湯内服中止により、わずか3日間で鼻出血・頭痛・鼻閉塞は強くなり、
 以前処方させていただいたエキス剤の合方ではすこしの改善しかみられないとのことでした。
 そこで血府逐瘀湯は、それ以降1日45g(1日2回分服)と半量処方といたしました。その後
 は、遠方であるために、当方へのおいでいただけなくなりましたが、ワクチン終了後16か月
 にわたり、徐々に体力は低下しているもののご健在です(ご主人のお話し)。漢方薬は血府
 逐瘀湯を中心にして エキス剤と合方しながら内服されておられるとのことでした。
 
  12回終了時の免疫反応は、緩徐な増強にとどまっておりましたが、 ワクチン投与部皮膚反
 応がその後も継続して出現するとのことからして、ワクチンにより増殖したT細胞が、がん
 細胞の増殖抑制に貢献していると評価されます。まとめますと、この方は、がん進行が著し
 く有効ながん治療法もなく、生活の質が大きく障害された後に、ご主人の強い希望があり当
 ワクチンセンターを受診されました。現時点で、その初診日から数えて28か月経ておりま
 すが、ご主人や周囲からの介護を受けながら穏やかな日々をすごされております。

  病勢制御に漢方薬が大きく貢献したと思われます。ワクチン効果により免疫機能回復もみ
 られ、そしてなによりも普通の日常生活を部分的とはいえ取り戻したことが、病勢制御に役
 立っております。

  次回からは「がんワクチンの効かない方々の物語」について掲載します。