マーク
 
 

 週刊:がんを生きよう ― 第2部 ―

 第44回目  肺がんに対する再発予防ワクチンの症例


 患者さん:70歳代男性、喫煙歴あり。合併症:高血圧

 受診までの経過:5年前に肺がん(腺がん、c-T2aN3M0 Stage IIIb)が見つかり、手術
 適応でないことより、抗がん剤2剤による化学療法を開始しましたが、途中から抗がん剤に
 よる副作用が著明となり、抗がん剤治療を中止し放射線治療を受けられました。これらの
 治療にて腫瘍縮小効果がみられ、抗がん剤治療は中断となりました。そこで再発防止のため
 当方ワクチンセンター受診となり、3年7か月前より個別化ペプチドワクチンを開始しました。
  初診時、体調は良好であり血液検査でも軽度のリンパ球減少を認める以外は異常がありま
 せんでした。腫瘍マーカー(CEA)も正常値内でした。

 受診後の経過:ワクチンによる免疫反応増強は放射線治療後であったため遅延しましたが、
 徐々に増強しました。ワクチン投与間隔は2週間隔で開始し、その後徐々に延長して現在では
 12~14週間隔でワクチン投与を継続しております。これまでの3年7か月、再発の徴候はなく、
 ワクチン以外の治療を受けることもなく、元気に過ごされております。高血圧随伴症状や便秘
 がみられたために、血流改善剤の漢方薬である通導散を長期間服用してもらっております。

 考察:一般的に切除不能Stage IIIb肺腺がんの生存期間(中央値)は診断されてから2年半前
 後とされていることより、この方の場合、肺がんと診断されてから4年4か月、ワクチン投与
 から3年7か月経過していることから、予後は極めて良好と判断されます。 この方は、日中
 農業に従事し夜9時前には睡眠される日々を長い間続けておられます。そのような安定した
 日常生活が少なからず免疫機能維持に貢献し、再発防止に役立っていると推察されます。



 第45回目  肺がんに対する再増大防止ワクチンの症例


 患者さん:70歳代男性、喫煙歴あり。合併症:腹部大動脈瘤、冠動脈狭窄症

 受診までの経過:6年前に肺がん(リンパ節転移を伴う縦隔型肺がん、anaplastic  
 carcinoma)が見つかり、手術適応でないことより、抗がん剤2剤による化学療法及び放射線
 治療を受けられました。これらの治療にて一定程度の腫瘍縮小効果がみられました。腫瘍が
 残存するものの、その後の積極的治療を希望されずに、5年前に、再増大防止のために当方
 ワクチンセンター受診となりました。初診時には腫瘍マーカーは異常値を示し、腫瘍残存や
 軽度胸水も見られましたが、体調は比較的良好であり血液検査でも軽度のリンパ球減少を認
 める以外は異常がありませんでした。

 受診後の経過:ワクチン6回後の免疫反応増強は著明であり、その後更に強い免疫増強がみら
 れました。そして腫瘍サイズや胸水の減少及び腫瘍マーカーの正常化が徐々に認められ、ワク
 チン効果によることが推測されました。当方ワクチンは2年半にわたり14回受けられたのち
 終了いたしました。初診からこれまでの5年2か月の間、増悪や再発の徴候はなく元気に過
 ごされております。この間、抗がん剤や放射線治療などは受けておられません。但し、変形
 性脊椎症に伴う腰痛や便秘がみられたために、血流改善剤の漢方薬である通導散を長期間服
 用してもらっております。

 考察:リンパ節転移を伴う非切除縦隔型肺がんの生命予後も最初の方と同様に不良といわれ
 ております。しかしこの方の場合も、肺がんと診断されてから6年以上経過し、ワクチン投与
 開始後からも5年以上経過しておりますので予後は極めて良好と判断されます。ワクチン投与
 後には抗腫瘍効果もみられております。

 まとめ:近年肺がん治療に対しては急速な進歩がみられ多数の新規治療薬が開発されました。
 そのため当方がんワクチンセンターには、それらの治療薬が抵抗性になったあとに受診され
 る方が大多数であります。そのような方々へのワクチン投与の結果につきましては既に報告
 済みであります。今回の2症例は抗がん剤の副作用(症例1)や合併症(症例2)のために
 中途でそれらの積極的な抗がん治療を断念して、当方ワクチンセンター受診となりました。
 最初の方は再発予防、お二人目は再増大防止の目的で個別化ペプチドワクチンを受けられま
 した。ここで紹介したお二人とも受診後3~5年以上経っておりますが、予後良好であり、
 ワクチン効果が見られた症例と判断されました。お二人ともストレスの少ない安定した日々を
 過ごされていることが、がんに対する免疫機能の維持に貢献していると推察されます。

 第46回目  子宮頸がんに対する再増大防止ワクチンの症例


 患者さん:50歳代、合併症:特記なし

 受診までの経過:5年前に子宮頸がん(Stage IV)と診断され、手術適応でないことより、
 まず放射線化学療法を受けられ寛解に至りました。しかし6か月後に局所再発がみられたため
 拡大手術を受けられましたが、完全には摘出できず、がんが一部残存したため、放射線治療を
 再度受けられました(組織型は低分化扁平上皮がん)。そしてその8か月後に腫瘍マーカーが
 上昇し、再増悪が疑われましたので、再増大防止のため当方ワクチンセンターを受診され、
 3年7か月より個別化ペプチドワクチンを受けられました。 初診時には身体がだるく腰痛や
 便秘があり、また「がんが不安で不安で」と精神的に参っているとの訴えがありました。顔
 色が悪く、軽度の貧血や腎機能障害も認められました。そのため、それらの症状を改善する
 目的で複数の漢方薬を処方いたしました。

  受診後の経過: ワクチンによる免疫反応の増強は放射線治療後であったため遅延しました
 が、徐々に増強しました。ワクチン投与間隔は2週間隔で開始し、その後徐々に延長して現在
 では12~14週間隔でワクチン投与を継続しておられます。これまでの3年7か月の間、ワクチン
 投与回数は延べ32回に及びましたが、がんの再増大はみられず、ワクチン以外の治療を受ける
 こともなく、元気に過ごされております。血流改善剤の漢方薬である通導散や体質改善の漢方
 薬を長期間服用してもらっております。

  考察: この方はStage IVの子宮頸がんで再発後に受診されています。一般的には予後は
 とても不良といえます。しかし、受診時は腫瘍マーカーのみ上昇し始めた段階でしたので、
 抗がん剤治療を受けていない時期でした。そして、これまでの3年7か月再増大はなく、ワク
 チン以外の治療を受けることもなく、元気に過ごされております。ただし、この3年7か月の
 間、体調不良と不眠が重なり腫瘍マーカーが正常値の2倍近く上昇することが度々ありました。
 特にこの夏はストレスと不眠が続いたため腫瘍マーカーが高くなり体調不調も続き、とても心
 配な状態でした。がんに対するワクチン効果は、不眠状態が続くことでキャンセルされやすく
 なります。その理由としては、がんを制御しているT細胞は不眠によって疲弊し増殖できなく
 なるからです。しかしこの方は秋になりマーカーが正常域まで低下し体調も回復して、その難
 局を乗り越えられました。これまで長期間にわたり初診時に処方した4種類の漢方薬を継続して
 おり体調維持や体質改善に努めておられることや、ご家族の協力でストレスの源を絶つことが
 できたことが、度重なる難局を乗り越えてこられた理由と推察されます。


 第47回目 急性骨髄性白血病に対する再発防止ワクチンの症例


 患者さん:30歳代、合併症:特記なし

 受診までの経過:6年前に急性骨髄性白血病と診断され頻回の抗がん剤治療を受けられた後に
 再再発し、4度目の抗がん剤治療後も腫瘍マーカーの増悪が見られたため骨髄移植を主治医より
 勧められましたが、個別化ペプチドワクチンを希望され、当方ワクチンセンターを受診されま
 した。骨髄移植(造血幹細胞移植療法)は過酷な治療法で、移植された(他人の)リンパ球は
 患者さんの細胞を攻撃するため、白血病細胞を攻撃してくれることが期待できる反面、患者さ
 んの正常細胞も攻撃されますのでいろいろな副作用が終生続きます。 しかし、再発を繰り返す
 急性骨髄性白血病の患者さんでは、他に良い治療法がないために骨髄移植法を苦渋の選択の結
 果として受けておられるのが現実です。そのため、当方の個別化ペプチドワクチンを希望され
 ました。

  受診後の経過:初診時の症状は軽度の倦怠感以外ありませんでした。血液データとしては、
 骨髄球:0.5%、単球9.5%、リンパ球42%と軽度の異常をみとめました。腫瘍マーカーも軽度
 上昇であり、残存白血病細胞の存在が否定できない病態でした。 若くして発がんした方は免疫
 機能が低下している場合が多いため、日常生活を変え免疫機能を改善することが重要です。
  そこでワクチン治療と並行して普通の日常生活(快眠・快便・適度な食事・適度な運動)を
 推奨しました。また、扁桃腺炎を繰り返す体質(風邪を頻回にひく体質)とのことでしたので
 体質改善のため複数の漢方薬を処方しました。それらの効果もあってか、体調は良好になり
 腫瘍マーカーも抗がん剤中止後6か月経ても開始前に比べて2倍以内の数値にとどまっていま
 した。一方、ワクチン投与12回後のペプチドに対する免疫反応には強い増強作用が見られず、
 ワクチン効果は遅延していました。遅延の原因は不明ですが、急性骨髄性白血病では、骨髄系
 細胞から分化する樹状細胞(ペプチドワクチンのカギを握る細胞でペプチドをT細胞に橋渡し
 する)の機能も低下しているために遅延している可能性が考えられます。また長く続いた抗が
 ん剤治療による免疫抑制も影響している可能性もあります。しかしながら、ワクチン18回目に
 は投与ペプチドに対する極めて強い免疫反応の増強効果が認められました。腫瘍マーカーも正
 常値もしくは軽度上昇にとどまり、再発徴候はありませんでした。この間約6か月が経ってお
 りました。その頃より仕事量が増え、普通の日常生活(快眠・快便・適度な食事・適度な運
 動)が送れない日があったようです。そのためか、上気道炎症状や腹部膨満感等がみられ、
 かかりつけ医より腫瘍マーカーが再び増悪傾向であることを指摘され、その都度仕事量を調整
 したので、マーカーは一旦低下しました。このようなマーカー安定期→仕事量増加→体調不良
 とマーカー上昇→仕事量調整→マーカー安定期を繰り返す時期が受診後から18か月ほど続きま
 したが、その後は安定期が続いております。これまで初回受診日から33か月、抗がん剤中止
 からは35か月以上たっていますが、再発徴候もなく、お元気にされておられます。

  考察:急性白血病に対しては、通常は強力な抗がん剤を用いた化学療法が長期間繰り返し実施
 されますので、その副作用も強く、抗がん剤による2次発がんの危険性もありますので、抗が
 ん剤を約3年間受けていないことは意義深いことです。最初の診断から3年半は一時的に休薬す
 ることはあっても大量の抗がん剤治療を繰り返し受けておりましたので、それがさらに続いた
 場合には、超長期抗がん剤投与による各種副作用が頻発していたと推察されます。白血病に対
 して骨髄移植法という他人のT細胞の力でのがん細胞抑制に代わって、本来の自分のT細胞の力
 を復活させるワクチン療法にてがん細胞を制御する時代が到来することが望まれます。


 第48回目 甲状腺がん(髄様がん)に対する再発防止ワクチンの症例


 患者さん:50歳代、合併症:特記なし

 受診までの経過:14年前に甲状腺がん(髄様がん)と診断され甲状腺の全摘術を受け、その後
 無再発でしたが、4年前に再発(頸部リンパ節転移)を認められたため放射線治療を受けられ
 ました。2年ほど前より腫瘍マーカーの増加や頸部リンパ節の腫れを認められたために再発防
 止のために当センターを受診されました。

  受診後の経過:初診時体調は良好であり、血液検査データにおいては腫瘍マーカーの軽度増
 加以外は全て正常値内でした。遠方からの受診であるため、4週毎投与から始め、現在では
 12週毎投与となっております。8回目投与(約1年後)の免疫反応の増強は著明であり、体調も
 よく現在まで初診から2年間再発徴候もなく過ごされております。

  考察:甲状腺のがんは大きく4つのタイプに分かれます。乳頭がん、濾胞がん、髄様がん、
 未分化がんです。乳頭がんの予後は良好であり、濾胞がんの予後も悪くありません。しかし、
 髄様がんは甲状腺がん全体の1~2%程度とまれですが予後はあまりよくありません。この方の
 ようにリンパ節転移をきたすと予後不良となり、肝臓に遠隔転移したり、縦隔のリンパ節など
 に転移を起こしますと治療は困難となります。 未分化がんも髄様がん同様にまれですが、非常
 に予後の悪いがんで急速に進行します。通常、手術、放射線治療、抗がん剤による化学療法の
 3者を組み合わせて治療が実施されますが予後は極めて不良です。 この方の場合には、リンパ
 節転移再発予防のために個別化ペプチドワクチンを約2年間のわたり継続されております。
 現在では3か月に1回の割合で通院されております。ワクチンの予防効果を判定するには更に
 数年を要します。 次回は特異な治療経過をたどった甲状腺の未分化がんと診断された方につ
 いて、報告させていただきます。


 第49回目 甲状腺がん(未分化がんもしくは扁平上皮癌)に対する再発防止ワクチンの症例


 患者さん:50歳代、合併症:喘息

 受診までの経過:4年半前に甲状腺の腫れを指摘され、針生検の結果、進行未分化がん
(Stage ⅣB)と診断され放射線と抗がん剤治療を受けられましたが、セカンドオピニオンを
 求めてがんワクチンセンターを受診されました。

  初回受診後の経過:初診時、手足のしびれや白血球減少及び高度のリンパ球減少症がみられ
 抗癌剤の副作用と判断されました。この間の診断・治療経過を詳しくお聞きすると、未分化
 がんという病理診断に疑問をお持ちのようでしたので、まず甲状腺がん病理に詳しい先生の
 ご意見をお聞きするようにお勧めしました。なお、リンパ球減少症のため、現時点では当方
 ワクチン臨床試験には参加できない旨をお伝えしました。 未分化がんは、甲状腺内にあった
 分化がん(乳頭がんや濾胞がん)が長い経過の中で未分化型に転化して発生するものと考え
 られていますが、未分化がんという診断は容易ではなく、必ずしも統一した基準が確立して
 いるわけではありません。とくに針生検では、ごく少ないサンプルを用いての診断になりま
 すので、正確性を欠くリスクもあります。またこの方の場合、放射線と抗がん剤治療の成績
 が良好であることから急速に増殖するタイプ(未分化がんの特徴です)ではない可能性もあ
 りました。そこで複数の病理医の診断を受けることをお勧めしました。 病理診断見直しの
 結果、扁平上皮癌の可能性が高いことになり、早期全摘術が提案され、扁平上皮癌への標準
 抗癌剤治療を3回実施したのちに、甲状腺全摘除を受けられました。その摘出組織には、
 がん細胞の遺残はなく、完全寛解との評価となりました。その後、職場復帰されて、通常の
 日常生活を過ごされておりましたが、再発予防のワクチンを希望され2回目の受診となりま
 した。

  2回目受診後の経過:初回受診から21か月後の受診でした。症状としては手足のしびれ、
 嗄声、軽度のリンパ球減少症という抗がん治療の副作用が、抗がん剤終了から18か月経って
 いるにもかかわらず認められました。しかしながら日常生活に支障はなく、通常通りの勤務を
 されておりました。ワクチンは1クール6回にて終了となりました。現在は、ワクチン終了後
 22か月立っておりますが、再発徴候もなく、元気に過ごされております。
 
  考察:この方のワクチンの予防効果を判定するには、更に数年を要しますが、少なくとも、
 未分化がんとしての強い抗がん剤治療を中途で終了して、病理診断を見直したことが、その後
 のがん治療を適正な方向に導いたと判断されます。もしその方向転換がなければ、不適切な
 がん治療による副作用が日常生活を悪化させるのみならず強い免疫抑制を引き起こし、予後
 不良に至った可能性が高いと推察されます。 甲状腺の未分化がんについては、現在の治療法
 による効果がほぼ期待できませんので、分子標的治療や免疫治療をはじめ新規の治療法開発
 が待たれます。

 第50回目 胃がん再発予防ワクチンの症例


 患者さん:70歳代、合併症:内頚動脈狭窄

 初回受診までの経過:約8年前に早期噴門部胃がん(stage IB)にて内視鏡下で胃切除術を
 受けられました。その3年後に再発予防のため、ペプチドワクチンを希望され、当センターを
 受診されました。 初診時、食欲不振と肩こり症状がある以外、体調は良好でしたが、血液検査
 にてリンパ球減少症を認められましたので、臨床試験への参加は不適格となりました。4か月
 後に再度受診され、漸くペプチドワクチンの投与が可能となりました。免疫機能検査ではペプ
 チドワクチンに対する免疫反応がとても弱く、何らかの原因でがん細胞への免疫抑制が示唆さ
 れましたが、腫瘍マーカーは正常値内であり画像評価でも再発徴候はありませんでした。

  初回後の経過: 遠方からの受診でしたので、4週毎のワクチン投与を受けられていました。
 8回目投与時には強い免疫増強が得られましたので、その後は8週~12週間隔での投与となり
 ました。初診から約5年間にわたり、この年末で25回のワクチン投与を受けられました。この
 間、 明らかな再発徴候はなく、免疫反応も極めて良好な反応がみられており、ワクチン投与に
 よるがん免疫能の増強が得られております。しかしながら、この5年間の間で、時折ですが、
 腫瘍マーカーの増悪がみられたので、中途から新規ワクチンを投与しました。その新規ワクチ
 ンに対する免疫増強に伴って腫瘍マーカーの値が正常化しており、新規ワクチンが再発を未然
 に防止した可能性もあります。
 
  考察: 胃を切除された患者さんでは、ほぼ全例において貧血がみられます。また、食後の
 ダンピング症候群や逆流性食道炎という病態もほぼ全例でみられます。このような症状の制御
 は再発防止や抗がん剤の効果に大きく影響します。主治医とよく相談し、適切に対応してその
 予防に努めることが重要です。この方の場合は食思不振と貧血が見られました。そこで食思不
 振に補中益気湯・貧血には十全大補湯漢方薬を長く服用していただいております。胃切除され
 た方では西洋のお薬のみでは十分に食欲や貧血制御ができない方が大半ですが、個々人にあっ
 た漢方薬を併用することによりそれらの防止ができます。この方の場合も、漢方薬をうまくつ
 かうことで通常の日常生活(食事、睡眠、便通など)が維持されており、そのことが再発予防
 に貢献していると判断されます。
 
 第51回目 食道がん再増大防止ワクチンの症例


 患者さん:80歳代、合併症:特記無

 受診までの経過:約8年前に食道がん(stage II)と診断され、術前抗がん剤投与1クール後に
 食道切除術を受けられました。その後抗がん剤投与を2クール受けられて経過観察されており
 ましたが、4年後に肺転移が認められたため再度抗癌剤治療を受けられました。肺の病変は縮小
 したものの肺門部リンパ節の増大をきたしたので、抗がん剤治療を中止して、再増大防止のた
 めにペプチドワクチンを希望され、当センターを受診されました。

 受診後の経過:初診時には、食欲不振、吐き気、咳や痰、振顫(しんせん)などの症状があ
 り、血液データにおいても軽度肝機能異常、CRP増加、リンパ球減少などの抗がん治療の副
 作用症状が見られました。これらの症状を改善するために複数の漢方薬を処方いたしました。
 その結果、体調は徐々に回復し、食欲不振、吐き気、咳や痰、振顫などの症状は消失しまし
 た。ワクチン投与後の免疫増強は極めて良好であり、その後の継続投与では更に増強しまし
 た。そして初診から現在まで4年以上にわたり延べ30回のワクチン投与を受けておりますが、
 再増大が認められないだけでなく、腫瘍も縮小し、腫瘍マーカーも時折増大するものの一過性
 であり再増大防止ワクチンとしては効果があった症例と判断されます。ワクチンの他の抗がん
 治療は受けておられません
 
  考察:ワクチン投与による免疫反応の増強効果が顕著であり、抗腫瘍効果も確認されたため
 に、ワクチン終了を提案し、いったん終了となりました。しかし、やや時間が経ってから再開
 希望があり、現在は3か月毎のワクチン投与にて免疫維持を図っております。時折、腫瘍マー
 カーの上昇がみられますが、そのマーカー増悪時は、通導散という駆瘀血作用のある漢方薬を
 休んだ時と一致しています。通院されるたびに、そのことを確認しております。このようなワ
 クチン効果が確認できた症例はそれほど多くありません。その要因としては、早期に免疫増強
 が得られたこと、漢方薬服用を継続していること、ご高齢であることもあり、規則正しいスト
 レスの少ない日常生活を過ごされていること等が挙げられます。
 

 第52回目 上咽頭がん再増大防止ワクチンの症例


 患者さん:10歳代、合併症:甲状腺機能低下症、慢性副鼻腔炎

 受診までの経過:この若い方は上咽頭がんを発症し放射線治療と抗がん剤治療を受けました
 が、免疫機能低下によるメチシリン耐性黄色ブドー球菌(MRSA)感染症合併や体調不良
 のため中断となりました。その後まもなく骨転移がみられたため、がん治療の再開となりま
 した。その途中でがん進行や再発防止を目的に免疫強化のため、ワクチンを受診したいとの
 申し込みがありました。しかし、リンパ球減少症が著しいために、個別化ペプチドワクチン
 の臨床試験には参加できず、抗がん剤投与を中止してリンパ球数改善後の受診となりました。

 受診後の経過:初診時の症状としては食事の後に喉がつかえるような感じがするという以外
 ありませんでした。食欲良好で、特に甘いものが好物で、夜ふかし型とのことでした。舌診、
 腹部所見、胸部聴診などでは異常がありませんでした。血液・生化学データは概ね正常値内
 でしたが、軽度の白血球減少症およびリンパ球減少症と貧血傾向を示しておりました。腫瘍
 マーカーは正常範囲内ですが上限値でした。初回検査の免疫反応(ペプチド特異的なIgG抗体
 を測定)は微弱で免疫低下状態と判断され、血液型に適合したペプチドワクチンは2個のみ
 でした(通常は4個以上あります)。1クール(6回投与)終了時に測定した免疫検査では、
 投与した2種類のペプチドワクチンに対する免疫反応の増強は認めませんでしたが、投与前
 には陰性反応であった2つのペプチドに対する陽性反応がみられるようになりました。ワクチ
 ンに起因する副作用はありませんでした。2クール(12回)終了時に測定した免疫反応性は、
 投与ペプチド4種類のうち2種類に対して強い免疫反応が見られました。腫瘍マーカーは低下
 (正常値上限からの低下)しておりました。画像評価(PET/C)で指摘されたリンパ節転移巣
 (疑)も消失しました。3クール(18回)終了時には全ての投与ペプチドに対して強い免疫反
 応が見られ、特に転移がんの目印であるLckペプチドに対する強い免疫反応を認めました
 ので、15か月間のワクチン投与(18回)で終了となりました。
 
 ワクチン再開後の経過:再開時の免疫検査では、21か月前(終了時)にくらべて、4種類の
 投与ペプチドに対するIgG抗体が50%近くまで減少していました。特に転移がんの目印であ
 るLckペプチドに対しては強い免疫反応を認めておりましたが、10%近くまで減少してい
 ました。しかし減少にもかかわらず全体のなかで最もIgG抗体反応の強い4つのペプチド
 は、やはり初回に投与された4種類のペプチド群でしたので、それらを1か月に1回の間隔で
 投与を再開いたしました。 再開5回投与後の免疫検査では、開始時に比べて、強いIgG
 抗体の反応が見られ、2年前の終了時と同等レベルもしくはそれ以上の高い免疫増強効果を認
 めました。そこで現在では2-3か月に1回のワクチン投与を実施しております。ワクチン再
 開後9か月を経ておりますが、再度の再発徴候がなく経過しております。

 考察:この若い方の場合を含めて若年性の上咽頭がんでは、免疫機能低下を招かないような
 日常生活(睡眠時間を十分にとる・規則正しい食生活など)を送ることが、がん再発から身を
 守る最も効果的な方法です。また、そのことがEBVウイルス感染症再増悪を予防します。
 特に副鼻腔炎・中耳炎等の発症防止に努めることが肝要です。しかし、青年期真最中の方ばか
 りですので、判ってはいても時々生活の乱れから副鼻腔炎・中耳炎を引き起こします。受診
 されるたびに、睡眠時間を十分にとることと規則正しい食生活を送るように申し上げています
 し、副鼻腔炎・中耳炎のチェックもしております。今回こそ、再び同じ轍を踏まないように
 願っております。  

 第53回目 大腸がん再発予防症例 その1


 患者さん:40歳代、合併症:なし

 受診までの経過:診断時進行直腸がん(周囲の組織にがんが散っている状態)でした。手術を
 行っても明らかにがんが残るので、まず最初に抗がん剤治療を行いました。幸い抗がん剤の
 治療効果が良好であったため、約半年後に手術に踏み切りました。術後も効果のあった抗がん
 剤治療を継続されました。 がん局所の再発はありませんでしたが、約1年後に4か所の肺転移
 が見つかり、すべて切除されました。更に1年後に1か所肺転移が出現し、これも切除されまし
 た。その後経口の抗がん剤を6か月間服用していました。

 受診後の経過:ワクチン開始直後に抗がん剤は中止しました。 1年掛けて2クール(16回)の
 ワクチンを投与しました。免疫反応は1クール終了時には横ばいでしたが、2クール終了時には
 しっかりと反応が出ていました。 定期的に画像検査を行っていますが、がん局所、肺、その他
 の臓器に再発はありません。

 考察:診断時StageⅣの直腸がんでした。化学療法が奏功し手術ができるようになりました
 が、その1年後、2年後に肺転移で再発しています。 本人の「抗がん剤をしたくない」という
 意思でワクチン治療を1年間受けていただきましたが、ワクチン開始後再発なく経過していま
 す。2回目の肺の手術から2年半が経過しており、その間の治療はワクチンのみですから、ワク
 チンが目に見えないがん細胞を攻撃している可能性が高いと考えられます。 現在は通常の生活
 を送られており、地元球団の応援にも熱が入っているようです。

 第54回目 大腸がん再発予防症例 その2


 患者さん:50歳代、合併症:なし

 受診までの経過: 進行S状結腸がんステージⅢの診断で2012/4に手術を行いました。 この
 時(術中)、お腹の中に転移している結節が認められたので、結果的に手術では全部のがんを
 取り切れませんでした(術時診断はステージⅣに変更)。 がんがお腹の中に残っているため、
 術後抗がん剤治療を開始しました。

 受診後の経過:抗がん剤治療開始とほぼ同時期にペプチドワクチンの併用を開始(2012/6~
 )しました。 ほぼ4年間、抗がん剤治療とワクチン治療を併用したところ再発認めず、その後
 1年間抗がん剤を緩いものに変更しましたが、がんの出現認めないため2017/7に抗がん剤中止
 しました。 ペプチドワクチンも5クール(40回)して2016/8に免疫活性の上昇が良好であっ
 たため、一旦中止しました。その後は1年ごとに免疫活性を見ることにしており、免疫活性が
 下がるようであれば追加投与を行う予定です。 2017/9(術後5年半)経って、再発は認めず、
 同時期の免疫活性も高いままキープされています。

 考察:お腹の中にがんの転移が残っていましたが、これに対して抗がん剤とワクチンの併用で
 がんを消失させることが出来たと考えられる症例です。 抗がん剤との併用ですから、どちらが
 主に効いたかは解りませんが、お腹の中に散らばっているであろう小さながんに対してはワク
 チンが誘導するキラーT細胞が有用である可能性は高いと考えられます。この患者さんは今で
 も元気でお仕事をされておられます。

 第55回目 膀胱がん再発増大防止ワクチンの症例


 患者さん:50歳代、合併症:なし

 受診までの経過: 約14年前に膀胱がんの診断で経尿道的膀胱腫瘍切除術(TUR-Bt)が施行
 されました。術後の病理診断では、尿路上皮がん(上皮内がん)の診断でした。以後、再発
 防止目的でBCG膀胱内注入療法を5回受けられましたが、Reiter症候群出現にて中止されて
 います。その後も再発を繰り返し、初発から8年間で12回のTUR-Btが繰り返されていました。
 CT、MRI検査では他臓器への転移所見は認めませんでしたが、膀胱鏡検査では膀胱粘膜全体
 にびらんを認め、尿細胞診検査でもがん細胞を認め(上皮内がんの所見)、主治医より膀胱
 全摘除術、尿路変向を薦められました。再発防止、膀胱温存を希望され当センターを受診さ
 れました。

 受診後の経過:初診時には頻尿を認めるものの、血液検査に異常なく全身状態は良好でし
 た。ワクチン投与開始後、1クール終了時点で投与した4種のペプチド(Lck-248、
 UBE2V-43、UBE2V-85、SART3-302)の抗体価は1万以上と良好な免疫増強を認めていま
 す。初診から現在まで6年6ヶ月ワクチン投与を継続していますが、良好な免疫反応は持続し
 ており、定期的なCT、MRI、膀胱鏡検査で他臓器への転移認めず、また膀胱がんの進行を認
 めていません。患者さんは、長期にわたり膀胱がんの進行がなく膀胱を温存できていること
 に満足されています。

 考察:非筋層浸潤膀胱がんのうち上皮内がんは、再発を繰り返すと筋層浸潤、他臓器転移を
 来すことが多く、再発を繰り返す場合は膀胱全摘除術が奨められています。しかしながら、
 膀胱全摘除術、尿路変向は患者さんの日常の生活の質を低下させることが危惧され可能であ
 れば膀胱温存できる治療法の開発が望まれます。この患者さんでは、ワクチン投与早期より
 良好な免疫増強が得られ持続していることから、ワクチン療法が膀胱がんの進行を抑えてい
 る可能性が示唆されました。

 週刊:がんを生きよう  ― 第1部 ―


  第1~4回目  :飲むがんワクチン物語マウス版 ①~④
  第 5~ 7回目  :ヒト白血病物語 ①~③
  第 8~11回目 :膵臓がんと口内細菌の物語 ①~④
  第12~14回目 :抗がん治療が出来ない方々 乳がんの方の物語 ①~③
  第15~16回目 :抗がん治療が出来ない方々 肺がんの方の物語 ①~②
  第17~20回目 :抗がん治療が出来ない方々 がん進行が著しく
         がん治療効果が期待できない希少がんの方の物語 ①~④

  第21~25回目 :個別化ペプチドワクチンの効きにくい方々:
                  リンパ球数の少ない方の物語 ①~⑤

  第26回目   :   〃  :血液検査でわかりますか?
  第27回目   :   〃  :血液検査でワクチン効果が分かりにくい方
  第28回目   :   〃  :遺伝子検査でわかりますか?
  第29~32回目 :原発不明がん ①~④
  第33~34回目 :小細胞肺がんの物語 ①~②
  第35回目   :がんと睡眠と免疫機能について
  第36~39回目 :若くして発がんした方の物語①~④
  第40~43回目 :がんを生きた方々の悩みとご家族の悩み①~④